日本の義務教育は、非常口のないビルにたとえられます。
身の危険がせまったとき、逃げようとしても、入り口はロックされています。非常口は作ってない。そうすると、窓から飛び降りるしかありません。それが不登校です。
社会問題になるほどの不登校が発生したのは、日本と韓国です。そのうち韓国はすでに非常口を作って、不登校問題を解決しました。「代案学校」と呼ばれる別の教育を認めたのです。
日本と韓国には不登校問題がありました。いずれも、儒教的権威主義と、進学競争による動機付けを特色としている東アジアタイプの教育です。では、同じタイプの教育である中国はというと、中国には不登校問題がありません。
不登校が発生するのは、競争的で幅の狭い教育しか提供されず、なおかつ、社会が豊かになり人権意識も広がりつつある場合なのだと思われます。その条件に合っていたのが、日本と韓国でした。
社会全体に人権意識が浸透していない。経済的には、食うためには我慢して頑張るのがあたりまえ。そういう社会風土であれば、子どもたちも我慢するのです。日本も70年代くらいまでは、そうでした。
では、日本は70年代以前に戻れるのか。あるいは、中国のようになれるのか。
無理です。社会自体が変わってしまいました。
それでも、非常口のないビルは、そのままです。
(古山明男)