【復刻版】小貫大輔 vs 古山明男 教育の多様性対談

講演録

本体談の背景について

本対談は、2002年12月18日に衆議院第二議員会館で教育の多様性の会が開催した「NPO法人学校 - 第三の道は可能なのか?:公立学校,私立学校に続く第三の可能性を考える」(以下に当時の告知を再現)の大きな反響を受け、翌日2002年12月19日に同会が開催し、収録した記録です。当時、東京都三鷹市にあった東京シュタイナーシューレ(現・学校法人シュタイナー学園の前身)で収録されました。その後、フォーラム・スリーがサイトに公開していましたが、2011年にサイトが閉鎖され、閲覧できなくなっていました。この度、おるたネットのサイトリニューアルにあわせて、再公開するものです。〈後編はこちら〉

NPO法人学校 - 第三の道は可能なのか?
公立学校,私立学校に続く第三の可能性を考える

日本は、教育実践の自由度が、世界のなかでも最も低い国のひとつです。 政府の決めたカリキュラムや設備などの設置基準を満たさなければ、「私立学校」を設立することもできない制度があります。

他方、不登校の子どもの数が急増している現在、フリースクールやシュタイナー学校、ホームスクーリングなど、「学習指導要領」によらない教育実践が、社会で重要な役割を果たすようになってきています。 公立でも私立でもないそうした学校が事実上機能している今日、そのような「学校」の社会的人格をどのように位置づけることができるのだろうか? 「NPO法人学校」という第三の道は可能なのだろうか?

こうした問いについて、すでに「NPO法人学校」を実践している人たちと、これからそのような学校を始めようとする人たちが、教育をめぐる制度を整備する立場にある行政府、立法府の人たちと意見を交換することが趣旨の勉強会です。 ぜひお集まり下さい。

教育の多様性への関心の盛り上がりを、ぜひとも社会に伝えていく必要があります。 平日の日中という参加しにくい条件ですが、このチャンスにひとりでも多くの参加をお願いします!

  • 日時:2002年12月18日(水)13:00~15:00
  • 会場:衆議院第二議員会館・第一会議室
  • 発言者:NPO法人学校実践者/教育の多様性の会/文部科学省担当者/内閣府教育特区担当者/教育の自由化を訴える国会議員ほか
  • 参加費:無料(どしどしご参加下さい!)
  • 定員:150名(会場を満杯にしましょう!)
  • 保育:希望者はご連絡ください。保育を受けられる子の条件は、お母さんから離れられる子です。金額は、未定ですが、1,000円くらいを予定しております。保育ボランティアも同時に募集しております。なるべくなら有資格者、もしくはシュタイナー教育に関心のある方がありがたいです。いずれも、12月10日までに、下記までご連絡ください。
    TEL&FAX XXXX-XX-XXXX
  • 問合先:教育の多様性の会(事前予約不要。直接ご来場ください!)
    TEL XX-XXXX-XXXX
  • 主催:教育の多様性の会
  • 受付:受付に教育の多様性の会のスタッフがいますので、通行証を受け取ってください。

※ この情報を関心のありそうな人たちに積極的にご紹介ください。
※ 様々なメーリングリストへの情報配信のご協力もお願いします。

小貫大輔 vs 古山明男 教育の多様性対談(前編)

2002年12月19日東京シュタイナーシューレにて収録(〈教育の多様性〉の会主催)

* 2002年当時のプロフィールを再現しています

小貫大輔(おぬきだいすけ)

CRI-チルドレンズ・リソース・インターナショナル代表。 長年のNGO国際協力活動を通して、市民が教育や福祉を担う新しい社会のあり方を提言してきた。 「〈教育の多様性〉の会」、「〈子ども時代〉のためのアライアンス」のアクティブなメンバー。 近著に、日本の教育の多様性への提案をテーマにした『ブラジルから来た娘タイナ』(小学館)。

古山明男(ふるやまあきお)

出版社勤務を経て、私塾主宰。 フリースクールとホームスクールを実践中。 冊子『教育への権利』(Io刊)の共同編集者。 昨年末の中央教育審議会東京公聴会では、「教育への権利」の観点から教育の多様性に向けた取り組みを提言。 現在、「〈教育の多様性〉の会」メーリングリストで積極的に発言中。

ソ連か幕末か

古山:小貫さんと私が話をしていると、今の教育システムを、自然に江戸幕府とかソ連とかの末期と比較しているんです。よく似ているなと。じゃあそれをきちんと話してみようかと、今日ここに来たわけなんですよ。小貫さん、どんなところが似ていると思いますか?

小貫:先日も古山さんといっしょに中教審での意見発表にでかけていった時、中教審の委員長がなんだか幕末の老中のように見えてきて、壇上で一人苦笑してしまいました。会のあとで古山さんに話したら、おかしくておかしくて二人で笑いが止まらなくなってしまった。まじめに仕事をしている人たちをおちょくってはいけないけれど、今日の文部科学省の様は、本当にコミカルなまでに幕末の江戸幕府に似ている。

12月18日の「NPO法人の可能性」勉強会にみえていた文部科学省の方も、何か幕末に浦賀に派遣されてペリーの使節と折衝しているお役人みたいなイメージがありましたね。

古山:そう、老中は、謹厳実直でニコリともしなくて、人柄はめちゃくちゃ良くて、だけど、体制の中でしか模索できない。

これみんな、すべて共通性を持ってるんですよ。ソ連は官僚支配。官僚が国を全部にぎっている。それから江戸幕府も官僚支配です。特定の仕事からはみ出てはいけない人たちが、国全部を何とかしようとしている。文部省も官僚支配。官僚支配によって衰えていくものを、官僚支配によって、何とか活性化して生き生きしたものにしようとしたのね。ソ連の経済がそう。江戸幕府はもう、毛細血管まで動脈硬化。どちらも、まず行き詰りやすいのは経済です。経済は、柔軟に人々の必要を満たさなければいけないから。江戸幕府は、外交までもそうだったよなあ。

でもね、ソ連が市民社会を作るとか、江戸幕府が四民平等の世の中をつくるなんて、そりゃ、もとから無理なんですよ。自分の乗っている木を根元から切り倒すという仕事ですから。

一方、文部省というのは、教育という本来非常に生き生きとしたものを運営しようとした。ところが、何か論理が違うんですよね。官僚というのはきちんとやらなきゃならないわけですよ。

たとえば、目の前にりんごがあるとするでしょ。子どもだったら「おいしそうー!」と手を出すんですけど、官僚だったら、これは食中毒にならないか、大丈夫か、ちゃんと公平に行き渡るか、先生たちちゃんと配慮しましたか? とか、どうしてもそういうことに考えが行くわけですよね。

なにかあると、自分の責任になるからね。あらかじめ、「教室の中では、何も食べてはいけない」なんて規則を作って、「これで、子どもが保護されました」なんて言うの。

それと、前と違うことをすると、なんで今度は違うんだと突っ込まれるんですよね。昨日は食べていけなかったのに、何で今日は食べていいんですかと言われると困っちゃうから、やっぱり「一度決めたことでいきましょう」で前のが続いていく。そうやって、官僚制をやっていると、どんどんどんどん型にはまっていってしまう。だもんで「今日は、子どもが自分で、りんごを食べました」みたいなのが、手柄話になってしまう。それで行き詰まってしまったんですよ。

でも、教育って、りんごに手を出した子どもに先生が「汚いからだめだよ」って言ったかと思うと、次の日には、先生がいっしょになってりんごにかじりついてる。そんなものですよ。

小貫:私にとっては、行き詰まるというところが似ているというだけじゃなく、一度ダメだとなったときに、あれよあれよという間に崩れていくさまが似ているんです。こっちを取り繕うと、あっち。あっちを取り繕うとそっち。次から次とぼろが出て、米袋にいくつも穴が開いたようになってザラザラザラーっとつぶれてしまう。

古山:それは、行動する原理をひとつしかもってないからですよ。もともと国家が経済運営をするとか、教育の運営をするなんて、無理なんですよ。あるときは、たしかにうまくいった。それだからというので、ずっと力づくでというか、法律の力でまかり通らせてきたものでしょう。みんなが不満を言えるようになったら、だいたい、それでもう終わり。じつは、とんでもなくプアな発想しかなかったってこと暴露しちゃう。もともと、原理が違うんだもの、官僚制と、教育や経済は。官僚制は新しい力をよびさますことはできなくて、形骸化したものに、つぎ当てを続けるだけです。

官僚組織は大工さん

小貫:教育の形骸化というけれど、まさに官僚組織というのは、形骸をつくるものなんですよね。つまり、形とか制度をつくるために存在してる組織なんです。箱を作るために存在している組織で、中身を作るために存在している組織ではない。

古山:箱作りだけで存在していればよかったんですよ。確かに文部省がいてくれないとこれだけの学校が全国津々浦々にできなかったしね。先生の数も確保して、貧乏県と豊かな県の差がつかなくて、どこもみんな教育を受けられて。これはもちろん文部省のおかげですよ。ところが、中身の方まで手をつけちゃった。学校教育法と、それにおまけでついてる、指導要領をはじめとするもろもろですね。

小貫:そうですね。大工さんに、家庭の問題にまで関わってもらうようなものです。大工さんだってかわいそうですよ。家の建て方なら知ってるけど、夫婦の問題まで相談にのれといわれてもねえ。お役人は教育の専門家ではない。制度のことはよく知っていても、教育の内容についてまでの能力を問われても辛いだけでしょう。

もちろんそんなことはわからないから、専門家を集めて委員会を作りいろいろ意見を聞いて、ということをする。けれど、専門家の意見なんてまちまちだから、判断を下すのはやはり役人になる。最終的判断というより、じつは最初のお膳立てから始まる責任を押しつけられている。自分の知らないことについて、国民全員に影響を及ぼす判断をしなければいけない。それは辛いはずだ。

古山:それなりに一生懸命やってるんですけどね。

小貫:教育や子育てっていうのは、実際にやっているみなさんにはよくお分かりですが、とても大変なことです。時間で測ることのできない時間、言葉で言い表せない情熱をそそぐことが要求される。全存在を傾けて、誠心誠意かかわってはじめて何かが見えてくる。見えてきたかと思うとすぐ見えなくなる。まったく違った側面がたいせつに思えるようになる。限りなくダイナミックな行為です。

現場を持たない、経験もないお役人が、それを理解せよといわれても、かなわないでしょう。

古山:そう、ダイナミックなものです。それを結局、算数を週に何回教えて、時間の長さは40分か50分で、最終的にテストで何点とっていればよろしいということになる。

官僚制はぜったい心に立ち入っちゃいけないんですよね。それは、だいたいすでに確立している。あれは命令権限をもっているから、人の内面にまで立ち入っちゃ大変なことになってしまう。官僚制は内面にまで立ち入らない、外側のことだけ触る。

内面が大事だってことをそれなり理解しているから、中教審なんかで、いろんな理念を出してなんとかしようとする人たちがいる。でも、それを法律にしたり、官僚制にやらせようとするんだから、やっぱり、教育のこと見えてないよね。命令システムでやろうとしているから、おかしくなっているのに。法律は、官僚制以上に、心の問題に立ち入っちゃいけないんだ。 

官僚制が教育に触れるときは、結局何が何時間というとこを押さえるしかなくなるわけね。

ところが、ぼくがいくら授業で一生懸命教えても、生徒の耳を右から左に素通りしちゃえば、ぼくは何もしないことになるんですね。それじゃ教師は何もしてない。子どもは、なにもしていないどころか、苦痛なだけ。でも、授業ってのは、ひょっとしたら10分やっただけで、十分な効果をあげているかもしれない。子どもがなにを受け取ったかが一番教育の重要なところで、みんなそれでぶうぶう言っているわけだけれども、そこは、官僚制は触りようがないわけですよね。そこまでお役人が先生に文句を言ったら、先生も立場なくなっちゃうからね。

小貫:さきほど崩壊していくさまが似ていると言いましたけど、ソ連とか江戸幕府の終焉と比べると、文部科学省が統制する教育が今終わろうとしていることは、はるかに小さなできごとです。だから、意外と小さな力で、しかも短期間で、あっという間に崩れていくように思えます。

古山:あっという間だと思いますよ、動き出したら。たとえば、ソ連の時、ずっと見ていて、いったいどうなることやら。これから先、内乱、流血、何年かかって、どれだけの血が流れるかと思っていたら、なんとも、あっけなかった。結局、体制を支える人たちがいなかったんですね。体制派がなぜ体制派をやっているかというと、お役人だから、やらざるを得ないという理由。それから、また、そこで地位を得たり、利益を得てる人たちも体制に続いてほしい。でも、その体制がだめだということが見えたら、もう、さっさと乗り換えますよ。

ふつうの人たちは、権限もっている人たちに歯向かっても碌なことがないし、今はこういう世の中だからそのように生きていく。どういう社会だって多数の人の生き方は、それがあたりまえでしょう。人生の局面、広いわけだし。世の中が変わりそうなら、こんどは、そこについていく。

ソ連末期に「社会主義はすばらしいんだ、これが人間の理想に導いてくれる」なんて思っている人は、世の中にいやしない。とにかくそれが現実だからやっているだけ。つまり支える人がいないんですね。

こぼれたくない一心でついていく

小貫:日本の教育というか、日本の文部科学省の教育もその通りの状況ですね。日本人のなかで、日本の教育は文部科学省に任せておけばすばらしい結果が出ると思っている人など、もういなくなってしまったのではないでしょうか。

古山:私は私塾をやっているんで、いろんなお母さんたちと接してね、たいていはまず学力を求めていますよ。でも、その学力をつけることによって自分の子どもが本当に立派な人になって、官僚になるのか芸術家になるのか知らないけれど、すばらしいことになるでしょう、そんなこと全然思ってないのね。ただひとつですよ、ついていけなかったらどうしようって。ここで落ちこぼしちゃったら、うちの子、将来大変なことになるだろうと。何とか今ついていけるようにしてください。

積極的にいい高校、いい大学に入れて、いい人生を歩ませてあげたいという人もいるけど、何かそれは数が減ってきている感じでね、昔は積極的に学歴が欲しい人が多かったですが、今は消極的に社会に落ちこぼれたら大変だから学歴をという人が多くなってる。例えば、シュタイナー教育というのがあるんですとか、ホームスクールがあるんですという紹介を読んで、昔だったら、なんだそんなもの、うさんくさい! と言っていたのが、いまだとふーん、と見るんですね。ああ、そんなのもあるのか、いいかもね、くらいまでは来るんですよ。

小貫:落ちこぼれたらつらいっていうのは、誰だってそうです。学校で提示される勉強の内容が「人間になるため」に必要なことだから落ちこぼれたくないのではない。「落ちこぼれる」ということ自身が人間にとって限りなくつらいことだから、そうなりたくないだけなんですよね。

うちの娘も、中学3年の時に日本に帰ってきて、一学期間学校に通ってみて、どうも適応できないと判断してブラジルに帰っていきました。たった一学期間ですよ。しかも親がこんな親だから、親からのプレッシャーもなかったと思う。それにもかかわらず、あんなに健康な心をもった娘が、その一学期間、学校を休んだりまた行き始めたりすることを繰り返していくなかで、どんどん傷ついていくんです。娘は5月に転入したから、5月、6月と7月の半ばまでの、たった2ヵ月半の間に起こったことです。自信を失い、苦しんでいく。親から見れば、そんな学校に適応できないのはあなたが悪いんじゃないと思うんだけど、子どもにとっては、それは辛いことだったんでしょう。

だから、先日の会(「教育の多様性の会」が衆議院議員会館で開いた「NPO法人学校の可能性勉強会」)でも、お役人が「不登校の子どものための学校が認められたら、そこに入れるのは30日以上学校を欠席した子どもが対象」と回答したときには、思わず自分の顔が赤くなるのを感じました。30日間って、役所にとってはただの目安となる数字でしょうが、当の子どもにとっては、一生引きずることになる時間なのです。

それだけの代価を払っても、学校で学ぶことの内容に意味があればまだしも、娘を通じて見た日本の中学校の「勉強」は、悲しいまでに命のないものになってしまっている。あまりにも無味乾燥。ヨーロッパではね、日本の教育のことを「物知り大会の準備」だって言う人がいます。物知り大会のために人生を犠牲にする人がいるかと思うと、なんとも悲しい。

古山:役所の都合だけで「30日」なんて定義するでしょ。不登校のレッテル貼りが子供にとって良くないなんて、ぜんぜん感覚ないしね。教育はね、現場の当事者ですべてを決められるようにしないと、どんどんおかしくなるの。

日本の教育はおかしいってみんな言ってるわけね。ずいぶん昔から言ってる。誰も彼も言ってる。ところが全然変わらない、まあ、カリキュラムがちょこっと変わる、実はその変わらないしくみがどういうことかっていうんで、ずいぶん調べたんですよ。だいたいこういうことだって見当ついたのをちょっとお話したいんですけどね、大変な悲劇が起こっていたんですよ。軽はずみと悲劇がいっしょくたになっていたんです。

戦後復興体制が定着してしまった

一番もとはね、昭和20年に戦争が終わってアメリカに占領されて、どういうふうに教育をつくるか、これはもう、戦前の軍国主義に戻っちゃいけないと、それは日本人もその一心だったのね。アメリカ人以上に自分でたまらないと思っていたわけ。

それはひどいものだから。兵隊さんに行って死なせようという教育をやっているんだから。それは、政治と教育が一体になっているせいだ。戦前は今みたいに教育委員会が別立てでなくて、学校は市町村に直接つながってるんですね、町長さんが直接学校を建てて命令したりできる。そしてその頂点には内務省がいるわけ。内務省って言ったら、どこの国だって内政全部握って、警察権力握って、権力絶大でしょ。それにくらべたら、文部省なんて三流官庁でさ、文部官僚なんていったらみんな内務省から出向してきた人だった。あだ名が、「内務省文部局」。わざわざ文部省に入ろうなんて人いないわけ。

文部省が握っているのはカリキュラムだけ。内務省が人事の要所を押さえている。校長たちを、ほんとに怒鳴りつけて、はいつくばらせてる。現場は、恨み骨髄ですよ。それが崩れちゃって、あれを繰り返しちゃいけないと、そして原因が何だったかというと、国から市町村、あの行政のラインに学校が属しちゃっているから、こっちで命令を出すとたちまち反映しちゃう仕組みがいけない。国民総動員だというと、たちまち学校まで一緒に総動員。これはいけない、教育は教育の論理があるから、切り離さなければいけないっていうことになったんです。これは、教育行政の基本ですけどね。

その時に二つ案が出てくる。一つは、田中耕太郎が出した、フランスの制度を真似たもの。それぞれの帝大の総長に教育行政をまかせて、一般行政の組織と完全に切り離す。これは、権限削減をいやがる内務省に潰された。

もう一つは、アメリカが出した教育委員会。アメリカがそれを提示してきて、日本側は「なんだかようわからんけど、ま、悪いものでもなさそうだ」ということになった。教育委員会というのは一般行政と切り離すのが目的だから、一切市長さんも市町村の議会も口を出しちゃいけないんですよ。政治から手がつかない。だけども教育委員会が独走しちゃいけないから、教育委員というのがある、教育委員というのは、みんなで選挙するんです。ちょうど今の市長さんと市議会を一緒にしたような数名というのがいて、それが教育を全部握っていく、アメリカはこれで大体運営していたわけですね。

ところで、これはそれなり立派な制度なんだけど、日本で作った時に運営能力がないわけです。だって、地方自治も、民主主義も知らなかった人たちでしょ。教育委員会の事務方の人たちは昨日まで府県の学務課にいた人たちが横滑りでしょ。文部省の決めたとおりにやることしか知らない。カリキュラム作ったこともないし、教材はなにがいいかといわれたってわからない。先生だって、「今は何をしたらいいんですか」状態。校舎だって焼け野原だし。必然的に文部省がやるしかないんですね。これは悪意でもなんでもなく、文部省がやらないとどうにもならない。その上とんでもない財政難。餓死者が出そうな状況なのだから、いくら教育が大事だといっても、そう簡単に予算が取れるものではない。それを何とか文部省が頑張ったんです。なんとか、市町村に補助金を分配してやり、校舎を建て、教員の給料を確保する。このように、文部省に頼らないと、やっていけないという現実があった。

文部省というのはお役人だから法律でやるわけ。今の学校教育法。戦前、教育関係は勅令だったし、権力者が恣意的にやっていた。こんどは、その轍を踏まないぞ。ぜんぶ、ちゃんと法律でやるぞ。すごい意気込みで、なんでもかんでも法律に書いた。

それと、教育委員会が難産だったので、教育委員会ができる前に、学校教育法だけで六・三制をスタートするしかなかった。

それで、学校教育法には、学校に関するありとあらゆることが書いてある。こうしなさい、ああしなさいといって、法律で日本の教育を全部やるようになったわけですよ。ほとんど文部省が決めている。でも、いちおうはね、教育委員会が充実したらだんだんそちらに移っていく予定だったんです。

小貫:一種の戦後復興委員会みたいなものだったんですね。最初のその中央集権的なやり方は。

古山:そうなんです。文部省がそのようにしたのは、戦後復興的な意味です。文部省が、やるしかない。そのうちにだんだんと教育委員会も多少は力をつけて来たかな、というところで、サンフランシスコ講和条約、日本が独立した。保守派が非常に強くなって、国家主義の声が聞こえてきた。そりゃ、いままで、占領されてたんだから、言いたい事も言いたくなる。ところが、例の安保条約で、アメリカの同盟国になって、保守派が、ただの反共右翼に走る。いっぽう、国家主義を警戒する方は、あっさりとソ連モデルに走る。どっちも、自主性ないねえ。ま、これは、戦前の教育のせい。

そのなかで、日教組が結構強くなっていくんですね。日教組は、順調に伸びれば、日本の教員の自由を担ったはずなんだけど、政治的次元と教育の次元の見分けがつかなかった。政治がよくなれば、教育がよくなると思った。教育のほうが、政治より上だってのに。

日教組は教員の声を反映しようと、教育委員選挙に出してくるわけですよ。そうすると組織力があるから1人2人は入れることができるわけね。投票率低いし。自民党はこれが怖くて、いやで……。

戦後の教育行政はね、最初、アメリカは日本が軍国主義に戻るんじゃないかという恐怖。自民党は、教育が社会主義者に乗っ取られたらの恐怖。日教組は、国家主義に舞い戻る恐怖。戦後日本の教育は、みんな恐怖で動いちゃった。

だからなんとか敵を排除したいわけですね。教育ってのは洗脳だってこと、戦前で身に染みているから、文部省も日教組もお互いに反対派にとられるのが怖くてしょうがない。ほんとは、そんな心配なかった。教育と一般行政は分離してある。カリキュラムは純粋学問を指向した、けっこういいもので、洗脳的じゃない。試験競争さえ防げてれば、内容、悪くないですよ。

教育から民主主義原則が消えた日

古山:もうひとつ、教育委員会というのは移植された制度だし、そうとうに試行錯誤しないと、うまくいかないことがそれなりにあるわけです。力もつけてきているけど混乱も起こしているという感じで。

一般行政の方からすると、面倒ばかり起こすやつなんです。それでね、教育委員会の公選制をやめちゃってる。あんなもの、能率がわるいだけだという案が出てきて。昭和31年、1956年。

小貫:南北朝鮮が休戦協定を結んで数年後のことですね。

古山:いわゆる55年体制のひとつです。教育委員の公選制をやめて、任命制にしちゃった。教育委員会で、人々が教育と結び付けるシステムにしてあるのを切り離して、文部省の下にいれた。ところが、教育委員会は一般行政と分離していたから、公選制と切り離して文部省の指導下に入れると、もう、人々と教育をつなぐところがないんです。

教育委員会は、文部省の支所になっちゃった。なんのバックもないから、文部省に太刀打ちできない。これをやった法律が「地方教育行政の組織と運営に関する法律」っていう、長い名前の法律です。軽率って言ってるのは、これのことなんです。日教組対策しか考えてなくて、教育の根幹をおかしくしちゃった。作った本人まで、じわじわと蝕まれるようなやつ。

これは、自民党がいきなりパンと打ち出して、これを聞いて、大学の学長たちがバカな!って叫んだ。それをやったら、民衆から声の届く道がなくなっちゃうじゃないかと。たちまち、東大、京大その他の学長が「いかがなものか」という声明を出した。日教組も反対運動を起こす。でも、自民党は「これで、日本の赤化が防げる」なんて使命感に燃えちゃってる。やりたい一心で、実は中教審も通してない。これも軽率だねえ、ほんとに。

せめて中教審くらい通していれば、「そんなに弱体化した教育委員会に責任を預けるのは危なくないか」くらいの意見は出てきたと思うんですよ。最後には警官隊導入で通しています。すぐ、議員同士で乱闘する時代だしね。たいへんな難産の挙句だったけども、法案が通って、教育委員会の公選制をやめちゃうんですね。それやるんだったら、学校評議会みたいなのを作らなきゃ。父兄が死んじゃうでしょ。でも、ただ、文部省の指揮下に入れた。

これじゃ、民主主義原則がないじゃない。問題が生じたときに自己回復できないじゃない。戦前と同じじゃない。ソ連と同じじゃない。

そういうときに、有識者に結構見ている人がいて、これやると危ないよ、教育が、親と子に責任取らなくなっちゃうよ。・・・それが、今起こってきた、この不登校問題なんですよ。軽率が、最後は悲劇ですよ。不登校問題は、親にとって死活問題でしょ? うちの子の一生がかかってるんだから。もし道があったら、何が何でも、市長様のところだろうが、教育委員様のところだろうが行きますよ。ところが、そのシステムが失われちゃってたんですよ。先生たちまでいっしょになって、「来れない子がいけない」って合唱した。

「苦しむほど強くなる」っていう哲学が、学校で自然発生していたもんでね。日本の軍隊ですでに蔓延していたしね。苦しめる者の言い逃れ、苦しむ者のすがる信仰みたいなものなんだけど、これってすごく危ないんです。どんなつらいことがあっても「ご修行です」でしょ。これって、カルトと同じじゃない。オウムに向かって、よく平気で石を投げるよ。

教育委員は任命だし、私は2万人の選挙民のバックアップがありますなんて言えない。おまけに文部省は予算、カリキュラムも握ってるわけだし、だから、教育委員会はだんだん何もいえなくなって、文部省が何を考えているのかな、それを窺うばっかりになりました。でもね、ずっと、それからいまでも、形式上は、教育委員会が最高責任者なんです。  

文部省がそれから熱中していたのは、日教組つぶしですよ。そのころのあだ名が「自民党文部局」。結局、文部省はずっと弱すぎるんですよ。これが教育です、というもの打ち出せないで、「私は公務員ですから、言われたことをします」をずっとやってきた。というより、そもそも官僚が引き受けるには無理なことを引き受けてしまったんですね。

でも、だからって、教育委員会を公選に戻せば解決するって問題ではないんです。ベターにはなるけど。教育委員会だって、お役所でしょ。学校は、教師―生徒の人格関係が生命線なんで、そこからすべてが湧き出すようにして、自治が原則なんですよ。問題があったら親が直接なにか言えなければいけない。親からの文句が、教育委員会越しに「今後、気をつけるように」なんて届くと、先生たち「また、うるせえな」になったり、「なんていけなかったワタシ」って落ち込むだけでポイントをなにも理解しなかったりしちゃいますよ。親が、涙ながらに直接話すのがいいんです。個性を尊重したいなら、一人一人が話せるようにしなきゃいけない。

小貫:日本の教育の問題は、東西の冷戦構造の産物なんですね。

中央集権無責任体制

古山:ええ、そうなんです。とんでもないところに冷戦構造が出てきましたよね。教員を何とかしてコントロールのもとに入れたいという一心です。監視してれば、ちゃんといい仕事をするだろうって信じてる。これは、工場の論理なのに。教員をコントロールしたい一心で、ヒエラルキーをどんどん作っていくんですよね。ヒエラルキーに支配されるって、つらい。でもヒエラルキーを登ればそこには自由の天地があるって、思うものですよ。反抗しなくなる。それが完成するのがだいたい70年頃です。

不登校の原因、もちろんいろいろあるけど、統計を見るとやはり70年代から急に増えてきているんですね。このころから、教員が文部省から始まる系列の中、お役人の体系に完全に入れられちゃっている。
教員組合って、潰しちゃいけないんです。文部省と日教組は、もみ合って、相互尊敬にいたるべき関係だったのに。どの立場の人も、発言権をもてるようにするのが、国の仕事のはずなんですけどねえ。教員も、親も、生徒も、みんな発言権を潰しちゃった。

それと、もう一つは指導助言体制というのが大無責任体制を生み出した。昭和31年以降の文部省中央集権は、実は、法制的な裏づけがない。法制上は、指導助言しかできません。

指導助言体制と言うのは「ああ、そこに棚があるといいなあ」てなこと、誰に言うともなく、言うんですよ。それは指導助言しかできないんだから「作れ」とは言えないです。言われたほうは、「あ、棚、そう、棚があるといいと私が気がつきました」と作るわけですよ。やらなかったら後で何されるかわからないから。直接に文句は言われないんだけども、あとでニラまれて出世が……とか、補助金が……とかいう話になっちゃう。

でもね、もしまずいことがおきたら、例えば、棚を作るときに壁をこわしちゃったら、その時、誰の責任なんだろ。誰も責任をとらないし、原因究明もやらないんです。いちおうはこれを作ったやつの責任だから、いちおう謝るけど、なぜ、壊れやすい壁に棚を作ろうとしたかは理解していない。原因究明なんてやらない。頭を下げて、やり過ごすだけ。できれば、ほっかむりしちゃいたい心境ですよ。やらされただけなのに、責任負わされちゃってるんだから。いっぽう、作れと言ったほうは、「私の責任です」と名乗り出るわけにいかない。命令しちゃいけない関係だもの。「あのバカの釘の打ち方がなっとらん」、くらいで済ましてしまう。

小貫:先日から、ぼくには自分の中に繰り返し戻ってくるキーワードがあります。古山さんのおっしゃることで非常に重要だと思うのは、日本の社会のもつ権威主義的傾向の問題点です。文部科学省を中心とした、上から下に命令を出す社会のあり方が問題だと思う。しかし、もう一つ重大なのは、それを甘んじて受け入れる国民性だと思うんです。そのような社会のあり方を許す、いや、むしろそのような社会が生まれるようにしてしまうのは、まさに国民の性向に問題があると思うんです。

日本は民主主義の国で、こんなことで国家に逆らったって死刑にもならないし、警官が家まで来るようなことはないでしょう。「やってくれるとうれしいな」と言われるとやるというね、そういうことをする民族であるというところに、問題点があると思うんです。

「解釈」と「判断」

小貫:ぼくがキーワードであると思ったのは、「解釈」と「判断」という言葉です。日本人は、権威に逆らわないだけでなく、もともと人を権威のある立場に追い込む癖がある。一度、権威と認められると、ほとんど無条件で言うことが通る。言うことが通るというより、何を言ってもまわりが「解釈」するんだよね。権威のある人が何か言うと、それに対して解釈が入って、まわりの人はその解釈に従って行動を取る。

「判断」じゃないんだよね。

権威のある人だっておかしなことを言うときはあるけど、まわりの人は、あれ、今の一見おかしな話は「どういう意味だったんだろう」と考える。「金魚は青い」と言われると、「金魚は青いとはどういう意味なんだろう」と考える。よその国の人だったら、誰かが金魚は青いと言ったって、いや金魚は赤いぞと「判断」する。自分の判断に基づいて行動を取る。

先日から、この「解釈」と「判断」という言葉が頭の中に繰り返し戻ってくるんです。

古山:ぼくはそれは日本人じゃなくて今の制度がそれをつくっているんだと思います。

小貫:日本の民族じゃなくて制度がそれを作っていると?

古山:はい。中学校と高校です。

小貫:学校のありかたがね。

古山:はい。これがそういうメンタリティをつくってきて、大人たちが、そういう判断を持たない。そして、現状を変えることができなくて、大勢に従っていって、と……。

日本人のメンタリティというのは、戦国時代と江戸時代で、ガラッと変わるんですね。戦国時代は、要するに自分がよければいいんですよ。如何にいいところをかすめとるか、如何に危ないところを逃げるか。ところが、江戸時代で忠孝、明治で忠君愛国、そこでどっぷり生きていた。そこに民主主義をぽっと入れられたんだけどね、言葉とイメージしかわからない。今もよく感じるんだけど、中学で民主主義って言葉しか教えないでしょ。中学で民主主義を教えるんだったら、身近なことから運営をまかせなきゃ。

小貫:戦後の日本人が理解した民主主義というのは、デモクラシーのことではなく、因習的制度の否定という程度の意味しかなかった。戦後の日本が作ったのは「共産主義勢力に与しない」というだけの民主主義で、本当はむしろ社会主義によく似た社会ができた……。

古山:今でも、中学たちと話していると「共産主義じゃないのが民主主義でえ……」ってとらえている人たちけっこういますよ。

ほんとに民主主義を教えたいのだったら、身近な中学の教室で、ぼくらが一番うまくやっていくためには、お互いどうすれば良いか考えようね、やってみようね、まずかったら考えよう。それを実践しながら人間尊重を体得して、必要なルールを発生させて、理論も教えて、民主的な人間を育てるというのでないと。日本は民主運営できなきゃ潰れる国になっているってのに、校則体制作っちゃって、先輩後輩の序列で発言つぶして、試験試験で追い立てて……。自殺行為ですよ。

小貫:パウロ・フレイレという、ブラジルで前世紀最大の思想家、教育者といわれる人、民衆教育運動を進めて軍事政権下で国外追放になった人がいます。彼が、権威主義的な方法で民主主義者を作ることはできないと言いました。みごとに言い当ててると思うんですね。あなたたちは民主主義者になりなさい、そう命令して民主主義者を作ることはできない。

古山:ぼくは、社会的行動、政治にも繋がってくるようなものに大きく影響するのは10代後半くらいの時期だと思います。中学生、高校生。まあもちろんその後も修正はききます。絶対そのまま行くというわけではなく、人間は柔軟なものなんだけど、だいたいそこで実世界はこうだというものが根付くんですね。恋人同士の、ファーストインプレッションみたいなもの。

そこが実は民主社会になってない。いちばん感覚に沁みこむときに、まわりは権威権力、利害の世界ですよ。ところが、そこになぜか気づかないんですよ。教科書の中身は、たしかに民主主義と書いてある。そこだけ見て、大人たちが、自分たちの住んでいるのは、社会主義みたいな国なんだっていう姿を見なかった。大きくなった若者を見て、大学の先生たちは、判断力がなくて困るねえと。会社の人たちも、判断力がなくて困るねえ……。

小貫:思春期を通じて自分で判断することを抑えられて育つんだからね。

古山:「判断できるのは大事です」と、そう言っておいてね、でも、規則には従いなさいねって言ってるんだから。そこの矛盾に気がつかないでずっと来ちゃった。気がついてる人も多いけど、変えようがない。下からの声が上がらないシステムをもう作っちゃったからね。飢饉や百姓一揆が起きてるってのに、「みんなが論語を読めば、解決する」みたいなことばっかり言ってる。

変わらない制服

小貫:昨年ブラジルからもどったとき、娘を中学の三年生に入れて、「あーっ、そう言えばそうだった」と、「信じがたいけど、ああ、日本ではこうなんだよな」、そう思わされたのは制服のことです。制服を買ってきてくださいって言われてね。

娘は176cmもあるから、まずサイズがないんですね。ちょっと小さ目の服を買わなきゃならない。LLだったか、3Lだったか。それでも小さいんですよ。しかも、それがすごく高いわけね。なんでこんな似合いもしない、しかも丈も足りない服を何万円も出して買うのか。

ブラジルでは長袖がいらなかったので、ユニクロに助けられて服を買い揃えているときに、制服はめちゃくちゃ高い。しかもどこの店でそれを買うかまで決まってるんですよ。制服も、上履きも、体育館履きも、体操服も、全部決まった店で買わなきゃいけないんですよ!

日本についたばっかりの時なので、一生懸命新しい生活、日本の社会に適応しようとしているわけだから、そういうところでいちいち戦っているヒマというかエネルギーがない。だから買いますけどね、考えてみたらすごいことだなあと思ってね。

古山:人間てのは、正当化の能力、すごいものでして、神話がいっぱいできる。今ならまだ、現実の中学生とか先生とかに、なぜそうするんですかと聞くと、ピシッとした気持ちがするからとか、金持ちと貧乏人の差がつかないからとか理由がちゃんと聞けるでしょ。今のうちに採集しておかないと、あの理由がわからなくなっちゃうから、急がなきゃいけないと思ってるんですよ。もうすぐ崩壊しちゃうから。

如何に人間が神話を作り上げるかという……、何故学校に行かなければならないかとね、なぜ制服を着なきゃならないか、この神話を早く集めないとなくなっちゃうかなと思いますよね。

小貫:中学校がまだそういう意味で神話が残っているところですよね。小学校はみんななくなっちゃってるんだよね、神話がみんな。小学校は、「なんでもあり社会」化してしまっている。

中学生になると、「中学生になったんだから、そろそろきちんとするように教えないといけない」みたいに、日本的な価値観を学ばせようとする。もう中学生なんだから、自由にさせている時期は終わった、となる。

古山:逆なんだよね。中学生から、実際は一番自由を必要としている。必然的に自分の判断が必要になるし、結果も責任とらなければならなくなる。

小貫:ほんとうにそのとおりですね。中学生の2年生くらいから、そういう時期がはっきりとはじまりますよね。子どもを観察する教育者なら誰でもわかることだね。

古山:中学のあの感じだと、わからないね。中学の先生が生徒らを見ていると、反抗的になったとしかみない。

小貫:だって反抗期というんですよね。まさにね。

古山:ええ、あそこをきれいに伸ばしてやれば、それもね、もう子どもじゃないんだから、ちゃんと尊敬して相手になってあげなければ。先輩・後輩と年齢の身分序列をなくしてね。そうすると、いい社会、できてきますよ。

教育委員会というところ

古山:生徒と親の発言権を封じたシステム作ったから、今こうなってるんですよ。教育で、もしおかしいことがあったら、市長さんとか議会に行ったとしますよね。そうするとね、これは一般行政と分離ですから市町も議会も教育に口を出しちゃいけないんですね。そんなことしたら、大変です、教育の独立を侵したということになるから。また、侵してはいけないものですよ。

最初、もちろん学校に行くわけですよ。たいては学校レベルで決められなきゃいけないことなのに、学校が決められなくて、教育委員会に行ってくださいと言う。この教育委員会こそ、本来の目的が、そういう親や住民の意見の反映なんです。ところが、教育委員会が、実質的には権限を持ってなくてね、決められない。文部省からの規則で縛られちゃってるんです。学校に対しては、実は、二重支配が行われている。教育委員会と、もう一つは、学校教育法施行規則という文部省令、まあ事細かに、何は何時間やって、施設はこうで、組織はこうで、ハシのあげおろしまで口をつけている。ここまで決まっていたら、なんで教育委員会があるのって、不思議に思ったね。それを決めるのが教育委員会でしょと。

小貫:あれ(学校教育法施行規則)、規則っていうでしょ。そこがおかしいよね。マニュアルだものね、本当は。公立学校の運営者にすれば、参考にするべきものはあったらいいだろうけどね。

古山:そうなんですよ。これがひどい使われ方をしていて、それで、命令しておいて、都合が悪くなるとそれはただの参照なんですよというんですよ。学習指導要領なども、その省令の中にあるものです。現場にやらせるときは、省令は法律に準じるんだとこう言ってくる。結局、公務員にとっては、文部省の省令は、聞かざるを得ないですよね。だから、現場に対しては完全な法律として働いている。

教育委員会すらなにも判断しなくも、全部運営できる体制になっているんですよ。たとえば、うちの子に給食食べさせなくてお弁当食べさせていいですかといわれると、学校は困っちゃうんですね、その程度のことで。決められませんから教育委員会に行ってくださいと。教育委員会も、書いてないことは独断で決められないから、文部省に行ってくださいと。ところが、文部省に行くと文部省は指導助言しかしちゃいけないんですよ。だから、私がやりましたとは言えないわけ。だから、それは各教育委員会のご判断になることで……。自分の職務をちゃんと守っていると、そうなっちゃうシステムなんです。みんなこれをただの役人のたらいまわしだと思っている。逃げだと思っている。それ以上のものがあるんです。昭和31年にできた体制が、そういう構造になってるんですよ。

小貫:日本人の一番苦手な状況ですね。各自の役割が明確でないとき。このあいだ、カルロス・ゴーン(日産の現社長*2002年当時)という人の講演があって、ゴーンが、「日本人と仕事をしてどう思ったか、どうしたらうまくいくのか」と聞かれて、「日本人は、複雑な課題を与えられると行動を起こさなくなるから、明確な、細かい目標を与えなければいけない。そうすると、きちんと、見事にやり遂げる」と言った。「行動をおこさなくなる」というイメージがおかしくてね、笑ってしまいました。

古山さんが言う状況っていうのは、まさに日本人の苦手な「複雑な状況」ってやつですね。そういうときどうしたらいいか、自分の領分をこえてでも判断をしなければいけない状況。そこに追い込まれると、日本人は何もできない、何もしない。日本人は実務肌の民族だから、こういう風にやりなさいということが明確だと実力を発揮するけれど、大義に基づいて自分で判断する能力を求められたりすると、カルロス・ゴーン的に言えば「行動を起こせなくなってしまう」んですね。

古山:ただでさえそういうところに、こういう、どこに責任があるのかわからないのが、公式的にもうできちゃってるんですね。これね、ぼくは、中央集権無責任体制って呼んでいるんですよ。

実は省令一つで全部支配できるのだから、文部省の中央集権なんだけど、文部省は全然責任取れない、直接に指揮する権限をもっていない。そこでますます、省令や通達を出してあがく。

「ゆとり教育」をやってみた。あれって、発想はいいけど、現場から上がってきたものでないと、ただの価値崩壊ですよ。教員組合を潰しちゃったので、高いツケを払ってる。それでもだめだから、ええい、原因はこれに違いない、教育基本法いじったら、なんとかなるんじゃないかとやってくる。教育基本法って、深くて柔軟な法律ですよ。すこし、時代に合わないところもあるけど、解釈でなんとかなる。今の時代を救う力も持っているのに、読み取れない。

日本の社会科学そのものが弱くてね。我々はなぜこういうことをしてるんだろうか、彼らは何故こういうことをするのかということ、そこを事実ありのままに研究するというのをしない。すぐに、ああした、こうしたら、になってしまう。

だから、教育委員会を活性化しなきゃという話もそうですよ。ちゃんとみれば、教育委員会が活性化しないの、学校教育法施行規則のせいだってこと、すぐわかるはずだから。教育委員会を活性化させたかったら、学校教育法施行規則、これを除いちゃえばいいんですよ。これをはずします、だからあなたたちは工夫してください。そうすると、一発で活性化するに決まってます。

それを全部残したままで、君たち、これから教育委員会は頑張らなきゃいけないんだよ、自主的にやらなきゃならないんだよ、というんですよ。一生懸命がんばりだすんだけど、カリキュラムには触れないし、規則のある部門は触れないから、学校の外のことを探すんですよね。

地域と結びつこう。親ともっと対話しよう。

結局、やれることでないと探さないということになっちゃうんですよね。

日本人の実務力

小貫:日本人のいいところであり、悪いところでもあるんだよね。この、「やれることからやる」というすばらしい民族でありながら、「やれないことには手をつけない」という恐ろしい民族でもあるんです。

古山:状況の認識からはじめるのではなくて、「何を期待されているか」から始めちゃうんでしょうね。教育にたずさわっているのが、みんな公務員なのがいけないんでしょう。

えらいさんが、地方自治法32条だか振りかざして、「服務規程、服務規程」って言ってるだけ。それと、精神論がはびこってますね。みんな精神論で行っちゃって、状況を認識しない。状況をよく見れば、いま教員たちはどういう理由でこういう行動をせざるを得ないのか。一目瞭然ですよ。これこれの規則と、かくかくの規則と、前例と、人事管理と、しかじかの職場の人間関係や父兄の目。これに対する配慮、その他、本人たちからおおっぴらに言えるやつと、言えないやつはあるけど、一目瞭然。それがたくさんあって、互いに矛盾している。それで、とにかく子どもが見えなくなっちゃってるの。

だからそれをすっきりさせてあげて、実力発揮できるようにさせてあげればいいのに。いい人たち、いっぱいいるよ。規則もはずさない、人間関係も研究しないで、「教員たち、頑張りましょう」だけでしょ。自主性あおればなんとかなるんじゃないか、愛国心に燃えれば何とかなるんじゃないか、そういうことばっかり発想してくるんですよね。教育の場ってのは、ほんとに精神論ばっかり流行るよね。戦前と同じ体制なんだからしょうがないか。

教員たちを自由にさせると、そりゃ逸脱も起こってくるけど、それは、親に監視してもらうしかないのね。だって、教室の中で起こっていること、子どもの口から聞くか、子どもの顔色で見るしか、どうしようもないじゃない。いくら教室を視察したって、取り繕うに決まってるんだから。でも、おおむね、逸脱は減ってくるね。だって、よく言うじゃない、「自由には責任が伴う」って。

小貫:私は繰り返すけれども、日本人の中に、得意なことと不得意なことがあって、不得意なことを少しずつ得意にしていくようにしなければ、未熟な民族のまま終わってしまうと思うんですね。

どの民族にも得意・不得意はある。外国に行ったら、誰だって感じると思う。なんでこんなことできないんだろう、とね。オランダに行ったって思いますよ。オランダの人たちは、本当にものを明晰に判断する人たちなんですね。ところが、実務力が日本人と比べるとずうっと低いんですよ。だから、公衆電話のシステムだとか、電車の切符を買うシステムだとか、そういうのが日本人の目には幼稚。日本の技術者を入れたら、もっとうまくいくシステムを作れるんだろうにと思うようなことがよくあります。ブラジルに行ったって、別の意味で同じことを感じる。

だけど、今の時代のすごさというのは、それぞれの民族の得意・不得意というのがある中で、他の民族と触れることが可能になった時代にあって、「ああ、そうか。そうやればいいのか」とか「ああ、そういうことが大切なのか」とか気づくことができる。自分の国のことしか知らないと、どこにも出口のないように思える状況が、このまま我慢するしかないように思える状況が、実はちょっと視点を変えるだけで解決できることを知る。そうして、それぞれの民族が、今まで得意なことを養ってきた時代に続いて、これからは不得意を克服して成熟に向かって次のステップを踏む時がきたと思うんです。

そういう意味で言うと、日本人が判断の能力に欠けるということも、これまでの時代には気づきもしなかったかもしれない。でも、今の時代、それに気がつくところまで来ていて、その不得意を乗り越えることが課題だと、だんだん捉えられるようになってきている。

日本人は、判断する能力を身に付けていかなきゃならない。いきなり全部、今日から自分で判断しなさいと投げるべきではないと思う。だけど、方向として、やがては自分で判断できる方向に向かっていなければいけない。時間をかけて、民族として20~30年もかければできることですよ。

ぼくは、中学生の時にすでに思った。中学3年の15歳の時に。なんでこんな制服を着なきゃならないんだと。その当時ぼくがやった運動、運動というと大げさだけど、生徒会総会で主張したのは、「カラーシャツを認めろ」ということだったんですよね。校則を変えようということでね。

今から思うと、「ツメエリ廃止」を訴えたわけでもない。非常に穏健で、リーズナブルな要求をしていたと思うんですよ。ツメエリの下に着るシャツの色ぐらい自分で決めさせろ、という運動。

あのときカラーシャツOKにしていればよかった。カラーシャツから始めて、今度はこれをOKにして次はあれをOKにしてと、少しずつOKにして、あれからの25年が経っていれば、今ごろは、自由な服を着てきなさいということになっていたかもしれない。自由でありながらも好ましい服装のできる子どもたち-民族が生まれていたかもしれない。ところがそういうことを全くしないで時を過ごして、今あのときと全く同じルールが、うちの娘にも課されるわけです。25年経った後に、ひとつも変わってない。

古山:タイムマシンですね。

小貫:中華人民共和国でもあるまいに、どこに25年前と同じ服を着ている人間がいるかと思ったけどね。しかも、25年前と同じ店で買わなきゃいけないんですよ。先代の人はもう隠居しているのに、同じ店に行って買わなきゃならないんだよ。すごいなあと思ってね。

で、昨日のNPO法人学校の会では、さすがにここに来て、「自分で判断する」ということに向けての、そのステップを踏み始めるんだな、という実感を味わいました。

「思いやり」と判断

古山:いろいろ見ていると、個人で生きている人がずいぶん増えていますね。独立自営、何か事業をやっている人、コンピュータをやってるとか、絵を書いているとか、そういう人たちはやっぱり判断します。判断しないと生きられないから。そういう人たちと共同して何かやる時はラクなんですよね。これは自分でやれるかやれないか、パパっと判断していくし。そういう独立してやる人のほうがいろいろ柔軟にやってくれる。だから、一応、今の体制の中でも、けっこう人が育っているなと思います。

小貫:それで、昨日から頭の中にこびりついているのが、判断と解釈ということばで、判断してくれる人というのはすごく気が楽ですよ。いいからやろうとかね、そんなの馬鹿らしいからやめなさいとかいうふうに……。こっちもいろんなことを無責任に、クリエイティブに、思いつくままに1回投げて反応を見ることができるわけですよね。

ぼくが日本に来て一番苦手なのは、それをできない面が多いわけ。解釈されちゃうんですよ。この人は悪気がないだろうとか、こんなことを言ってるけど、本心はこうではないだろうかということまで含めて、「解釈」されちゃうから、自分の言葉を全部そのまま拒絶もされない。けれど、ある意味では、勝手に解釈されてもいるわけで、困ってしまうんですよね。

「解釈」というのは、日本語、和語で言うと「思いやり」とか「気遣い」とかいうことでもある。「思いやり」という言葉は、日本人の喜びと苦しみをよく表わしたすごい言葉だと思うんですよ。日本人の能力でありながら、また同時に日本人に業のような苦しみをもたらしていると思います。

古山:非常にいいものでもあるんですよね。「これのおかげです」っとありがたい思いやりもたくさんありますよね。

でも、初めての集団に入っていくとき、読み間違いをやったときに大変なことになるんですよね。これは招いてくれてるんだなと思って行くと、妙な顔つきに出会って、そのうちますます相手の顔つきがおかしくなって、やっと気がついたときには相当邪魔者扱いされていた、あの恐怖というのは相当なものですよ。

不登校になった人たちののかなりの部分、この暗黙のツマはじきにあった人たちですよ。

小貫:「思いやり」というのは、外国に行った時すごく役に立つんですよ。外国の人は持ってなくて、自分だけが持っている、一種の超能力なんですね。他の国の人にはできないんですよ。自分だけにできる。すごい力があるんですよ、これが。

だから、外国に行った時に使えばいいんだよね。日本にいるときは少し控える。なんていうかな、みんなが思いやっている世界というのはすごい世界でね。錯綜してるんですよ、いろんな人の思いやりが。日本では、例えば、ちょっとこうやってやるでしょ(腰をうかして何かを探すそぶりをする)、そうすると誰かが「あっ」といってね、お茶を出すとか、何かしてくれるわけです。ぼくは別にそのとき別にお茶が欲しかったというわけではないんだけど、お茶が出てきたりするんですよ。本当はジュースがいいと思っていたかもしれないんですけど。お茶が出てきたら、さすがにお茶を飲むしかないわけです。

古山:それでね、極端になると「これ入れてください」って茶碗を差し出したら、それだけで気がつかなかった人の落ち度になったりする。言われる前に、さっと入れなきゃならなかったんです。だからこれくださいということができなくてね……。

逆に、欲しくもないのに、どんどん注がれることもあるしね。

小貫:すべてその良さと悪さというか、喜びと苦しみの使い分けというかね、良さを活用しながら新しいものを身につけていかなきゃいけない時代です。さっきから古山さんがおっしゃってるのは、おそらく江戸時代から始まったことで、日本人の判断力を養うある種のプロセスがストップして長かったので、それがまさに学校という場所で顕著に続いているというお話でしたね。

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