おるたネットニュース vol.13 2015年7月24日配信
コラム:「一人一人を大切に」の具体化
古山明男 おるたネット代表
「多様な教育機会確保法」が超党派議員連盟の立法チームによって検討されている。この法律の大きな構造は、「普通教育を十分に受けていない子ども」の保護者が個別学習計画を申請し認定されれば、学校外での学習を義務教育と認めるというものである。今国会での成立を目指している。ここで、「普通教育を十分に受けていない子ども」という表現が重要である。これならば、決定的に学校不適応になる前に、「この子には、学校教育が合わない」という理由で、他の教育の道を選ぶことができる。
スジのよい法律だと思う。一人一人の個別学習計画を作ることから教育を多様化していくからである。「一人一人を大切に」は、すべての人が言うが、これまで画一的な教育の枠の中に留まっていた。しかし、この法律によって、さまざまな事情や、多様な教育方法が現実に反映される。教育イノベーションが起こる引き金になるであろう。教育機関の認定から行くよりも、個別学習計画から行くほうが、クリエイティブな結果が出るだろう。それを可能にしたのは、たくさんの不登校の子どもたちの苦しみの声である。そのときに重要なのが、個別学習計画がどれだけの自由度を持っているかである。
しかし、既存制度の中にいる人たちは、この法律のことを「学校の内容を校外で学んでもよい」としか理解していないであろう。その人たちが賛成してくれるから、法律が成立する。教育多様化を目指す法律としては、どうしても不十分なものになる。それを見越して、この法律を理念法としたのは、深い含蓄がある。法律では、できるだけ内容を細かいところまで決めないほうがよい。いま、具体的なことまで法律で決めようとすると、現状に近いもので固定されてしまうであろう。
しかし、内容ではなく、「だれが認定するのか」「誰が認定の基準作りをするのか」については、法律段階で一歩でもいいから「民間から決定に参加する」のほうに寄せておくことが、今後のために重要であろう。
論説:さまざまな教育バウチャー
高山 龍太郎 富山大学経済学部准教授
家庭の経済的な事情にかかわらず子どもが多様な学校から自分に合ったものを選べるようにするためには、それを財政的に支える教育バウチャー制が不可欠である。しかし、この教育バウチャーは新自由主義的と見なされ、公教育の解体、政府責任の放棄、教育の市場化・私事化、格差拡大などを招きかねないと、評判が悪い。こうした理解は、教育バウチャーが日本に紹介された歴史に一因があると思われる。
教育バウチャーは、中曽根政権のもとに設置された臨時教育審議会(臨教審、1984~7年)の議論をとおして、アメリカの経済学者M・フリードマンの名前とともに日本で知られるようになった。この臨教審では、教育の自由化、個性の重視、生涯学習体系への移行、国際化・情報化への対応、などが提言され、現在の教育改革の出発点となっている。この臨教審の直前には、第二次臨時行政調査会(土光臨調、1981~3年)が開かれており、「増税なき財政再建」という標語のもと、国鉄の分割民営化などが議論された。日本における教育バウチャーの紹介は、国の財政支出を減らすために独占的な公的事業を民営化して効率を向上させるという時代の雰囲気のなかでなされたのである。
確かに、1955年に提案されたフリードマンの教育バウチャー案は、公立学校に競争原理を導入して教育の質向上をめざすものだった。彼によれば、公立学校の非効率性は義務教育の独占によって生じている。そして、この独占は、教師という専門家しか正しい教育を判断できないという論理によって守られていた。フリードマンは、教育バウチャーによって保護者に学校選択の権利をもたせることで、公立学校の改革を阻む専門家の官僚制的支配を打破しようとしたのである。
その一方で、公民権運動の高まった1960年代後半以降のアメリカでは、貧しい子どもの教育機会を保障するという立場から、教育バウチャーの可能性が議論されるようになる。この立場は、フリードマンの案を批判する。フリードマンは、教育バウチャーが効果を上げるには市場競争の原理がきちんと機能することが大事と考え、規制はすべきでないと言う。彼は、良い教育には多くの資金が必要だから、バウチャーの額面以上の授業料を学校が徴収することを認めていた。しかし、それでは追加の授業料を払えない貧しい家庭の子どもが通えないと批判されたのである。
貧しい子どもの教育機会を保障するという立場から構想される教育バウチャー制度は、家庭の経済力を是正する仕組みをもっている。社会学者のC・ジェンクスは、バウチャーの受領可能な学校がバウチャーの額面以上の授業料を徴収できないとしたうえで、公立学校一人当たりの教育予算と同額の基本バウチャーをすべての子どもに配布し、さらに、貧困や障害などで困っている家庭には補償バウチャーを追加で認める案を考えた。また、法学者のJ・クーンズとD・シュガーマンは、学校が授業料の金額を決める自由を認めた上で、授業料の支払いのために家庭がバウチャーを購入する際には、所得の少ない家庭に補助金をより多く出す仕組みを考案している。これらのバウチャー案は、教育機会の均等のためにさまざまな規制を課す点で、「規制されたバウチャー」と呼ばれることがある。
現在、議員立法で「多様な教育機会確保法(仮称)案」の成立が目指されている。この法案は、フリースクール等の民間の教育機関に通う不登校の子どもへ公的な財政措置の道を開こうとしている。公の支配を受けない教育事業への公金の支出を禁じた憲法89条の規定から、財政措置の方法は、授業料の補助を家庭へ直接行う教育バウチャーになるだろう。日本では、貧しい子どもの教育機会を保障する教育バウチャーはあまり知られていない。法案が成立した際には、教育バウチャーは新自由主義だと毛嫌いすることなく、多くの人びとの知恵を集めて、貧しい家庭の子どもに資する制度設計を考える必要があるだろう。
イベント情報
多様な教育機会確保法を知ろう ~これまでの成果とこれからの取り組み~
(多様な学び保障法を実現する会発足3周年記念公開イベント/第5回総会)フリースクールからの政策提言や「多様な学び保障法」の実現を求めてきた取り組みから、今、超党派フリースクール等議員連盟と夜間中学の議連による「多様な教育機会確保法(仮称)」の今国会での法案提出・成立がめざされています。また、昨年からの国のフリースクール支援検討が始まり、そちらも進んできています。国(文科省)と議員(立法)の動き、教育再生実行会議や現政権との関係など、どう考えればいいのかなど、わかりにくい状況があります。これまでの取り組みと成果をしっかり確かめ合い、確保法をめぐる期待・希望・懸念・不安・不明点など、対話を交わしながら共通理解を深めたいと思います。どなたでもご参加ください。
日時 :2015年7月26日(日) 13:00~17時頃
会場 :早稲田大学 戸山キャンパス33号館3階 第一会議室
参加費 :500円(18歳以下無料)
参加対象:どなたでも
プログラム(予定):
第一部「基調 報告・講演」
・報告「学校外の学びが認められる事を求めて~私たちの取り組みの経緯と現状~」
奥地圭子
・講演「理念法の必要性と実現する意味~ひとりひとりの子どもの学習権保障の観点から~」
喜多明人
・講演「現在の国の教育政策の基本動向と教育の多様化~法律策定の意味について~」
汐見稔幸(VTR登場)
第二部「多様な教育機会」対話フォーラム 進行:吉田敦彦
これまで寄せられたり発信されたりしている論点は、ある程度絞られてきています。
ひとつひとつを議論していきます。
主催:多様な学び保障法を実現する会
NPO法人フリースクール全国ネットワーク
詳細はこちら
http://aejapan.org/wp/?p=482
お申し込みはこちらから
http://kokucheese.com/event/index/312615/
編集後記
編集部の都合で、このニュースの配信をおよそ月1回とさせていただきます。実質前号より月1ペースとなっておりましたが、今後もここぞのタイミングで発信して参ります。臨時号を配信することもあります。
(きむさと)