状況対応型教育とは
「状況対応型教育」とは、「困難な状況にある子どもたちに対応するための教育」を意味しています、
世の中には、さまざまな個体的・社会的要因から生じる生活上の困難さ・生きづらさを抱え、それゆえに特別な配慮や支援を必要としている子どもたちがいます。
- 発達障がいを含む各種の障がいを持つ子ども
- 不登校の子どもや学校が合わない子ども
- 言葉や文化の壁がある外国籍の子どもや帰国生徒
- 各種の原因によって低学力に陥っている子ども
- 施設等にいるような社会的養護を受けている子ども
- 貧困等の原因により家庭環境に問題がある子ども
- いじめや虐待を受けて心に大きな傷を負った子ども
- 精神・神経疾患を含む病気で療養中の子ども
- 非行と呼ばれる反社会的行為を行う子ども
などです。
世界的にはこうした子どもたちへの教育を称して「特別ニーズ教育」(Special Needs Education)と言っています。日本では「特別支援教育」がそれに該当するのでしょうが、特別支援教育の対象は障がいを持つ子どもたちだけです。それに対して、障がいなどの個体的要因によるものだけでなく、各種の社会的な要因によって子どもたちの生育環境に問題が生じることで、必要としている教育を十分に受けられていない子どもたちが大勢いるという点に着目し、それぞれの子どものニーズに合わせた特別な教育的配慮をしていかなければならないというのが「特別ニーズ教育」の考え方です。
日本の公立学校においても、障がい児に対してだけでなく、その他の子どもたちへの対策をいろいろと講じています。例えば、外国籍の子どもたちに対しては支援員を配置したり国際学級を設置したりして日本語の特別指導を行い、不登校の子供たちに対しては適応指導教室を設置したりフリースクールへの通学を認めたりし、心の問題を解決するためにスクールカウンセラーを配置し、福祉面での支援を必要としている子どものためにスクールソーシャルワーカーの導入を開始し、病気の子どもたちのために院内学級を設定し、と実にさまざまな対策をとっています。
しかしどの分野においても、いまの学校教育が十分に対応できているようには見えません。特別支援教育においても、「特殊教育」と言われていた時代に比べて考慮される障がいの範囲は広がったとはいえ、対応を含めまだまだ積み残した問題は多くあります。
そうした「特別なニーズ」を持つ子どもたちに対して、NPOなどによるさまざまな支援の取り組みが行われています。独自の教育を実践する民間の教育機関としては、障がい児のための学校、フリースクール、フリースペース、外国人学校、インターナショナル・スクール、サポート校、学習塾、ホームスクール、などがあります。また公教育を補完する形での教育支援活動として、公立学校に通っている外国籍の子どもへの日本語指導、学校や児童養護施設への学習支援ボランティアの派遣、生活保護世帯の中学生を主な対象とした学習支援、などもあります。
こうした学校の枠外における教育支援活動が、不十分ながらも既存の教育では対応できていない部分を補っているとも言えるのではないでしょうか。
それぞれの教育実践、支援活動が「特別なニーズを持つ子どもたちにとって必要なもの」として、公的に認められることを願っています。
さらに言えば、日本の教育行政は、どの分野の対応においても「問題が起きたら個別に対処する」という“場当たり的”なものになっている感があります。実はもっと大局的な理念に基づいた総合的な対策が必要なのではないでしょうか。
海外での「特別ニーズ教育」も元は障がい児教育から出発したものですが、「特別ニーズ教育」に変わる際に根底にあったのは「すべての子どもの教育の可能性を保障する」という意識の変革です。
実際、1994年にスペインのサラマンカで開催されたユネスコの「特別ニーズ教育世界会議」で出された声明(サラマンカ声明)には、次のような一節があります。
- すべての子どもは、ユニークな特性、関心、能力および学習のニーズをもっている
- 教育システムはきわめて多様なこうした特性やニーズを考慮にいれて計画・立案され、教育計画が実施されなければならない
このような確固とした教育理念が、日本の教育政策の根底にあってほしいと願います。
貧困家庭児(貧困などの原因により家庭環境に問題がある子ども)
2008年のリーマン ・ショックを契機とした世界的な金融危機以来、貧困問題は大きくクローズアップされてきましたが、実はそれより10年ほど前から「格差社会」として問題視され始めていました。
2007年に堺市健康福祉局の道中隆理事が発表した調査結果によると、生活保護を受給している世帯主の約25%、母子世帯では約40%が、その親も生活保護を受けていたということです。そして生活保護受給者の世帯主の最終学歴が、中卒か高校中退が約73%であることから、貧困家庭の子どもが低学歴で社会に出、低学歴ゆえに十分な収入が得られず、また貧困に陥るという「貧困の世代間連鎖」の図式が明らかになりました。生活保護の受給世帯と一般世帯の差は高校への進学率に如実に表れ、全体の進学率が98%程ある中で、生活保護世帯の進学率は70~80%に留まっています。
そうした悪循環を断ち切ろうと、国はそのような子どもたちの進学支援に乗り出し、2009年には学習支援費の上乗せや、地方自治体が進学支援に取り組むと通常1/4の生活保護費の地方負担分をゼロにするなどの取り組みを始めました。
それが後押しになったのか、ここ数年、生活保護世帯の中学3年生への学習支援活動(高校受験のための勉強を教える無料か低料金の塾開設)を行うところが多くなってきたようです。特に自治体が主体となって、実際の運営は地域のNPOなどに委託するケース(*1)が増えてきました。その他には、1987年から始まった江戸川中3勉強会を最古参とする生活保護のケースワーカーがボランティアで運営するところ(*2)、NPOが始めたケース(*3)、個人塾を発展させたもの(*4)、スクールソーシャルワーカーが主体となって社会福祉協議会が後押しをしているところなど、さまざまです。
学校で勉強するだけではダメだというのは考えてみればおかしな話ですが、学習塾に通うなどしないと高校入試に合格するのが難しいという現状があるからです。
しかしながら、勉強の習慣や意欲をあまり持ち合わせていない子どもに対して、1回2時間程度で週に1-2回くらいの勉強では、十分な効果を期待するのは難しいようです。また今後は、対象を生活保護世帯から広げていくこと、高校中退防止も含めること(すでに実施しているところもあります)、学校や教育委員会との連携、などが課題になりそうです。
このように貧困家庭の子どもたちへの学習支援活動が広がることは大変喜ばしいことですが、そうした子どもたちが高校で学ぶために必要なのは学習面の支援だけではありません。貧困家庭の保護者には、私立高校へ子どもを通わせる余裕が無いのはもちろん、公立高校であっても修学旅行、学用品、教科外活動費、制服などにかかるお金がかなりの負担になっているという問題があります(日本では義務教育でも無償化された公立高校でも諸経費は自己負担です)。さらには、経済的な困窮に端を発した両親の不和・離婚、家庭の崩壊などによって、家族の愛情や支援が十分に得られず、精神的に不安定になる子どもが多いことが最大の問題だと言えるでしょう。生活保護を受けることに対する負い目、貧困やひとり親などに起因する自己肯定感のなさなど、心のケアや精神面に配慮した対応が必要なのです。
「高校に合格するための勉強を教えることが目的ではあるけれど、まずはここに通ってくれないとしょうがないので、楽しい場づくりや子どもの話を聞いてあげることを第一に考えている」というある支援者の言葉に表されるように、子ども一人一人との信頼関係ができ、心の安定が得られて初めて子どもの意識が勉強に向かうのです。
こうしたところに来る子どもには、分数の計算や九九もおぼつかないような子どももいます。また、不登校の子ども、精神・発達障害の疑いのある子ども、外国籍の子どもなども無料や低料金だからと通ってきているそうです。このような学習支援の場が、学校教育から排除され、しかも貧しいために塾や専門の機関にも通えない子どもたちの受け皿・セーフティーネットになっているというのが現状なのです。
私たちは、憲法や教育基本法に謳われた子どもたち一人ひとりの教育を受ける権利に基づき、「排除されることのない学校教育」という根本的な解決策を同時に目指さなければならないのだと思います。
※ 脚注
- 横浜市、埼玉県、相模原市など(2011年初時点、以下同)
- 大田区、横浜市など
- 八千代市、釧路市-冬月荘など
- 江東区など
施設養護児(施設等で社会的養護を受けている子ども)
親のいない子どもや、遺棄などで親が不明な子ども、親の病気・障がいや虐待などで親と暮らすのが不適当と児童相談所が判断した子どもたちを、親に代わって施設や里親などが育てる仕組みを「社会的養護」といいます。施設には、児童養護施設、乳児院、母子生活支援施設、自立援助ホーム、情緒障害児短期治療施設、児童自立支援施設、などがあり、里親家庭と合わせて全国で約5万人の子どもたちが社会的養護の下で暮らしています。
特に施設で暮らす子どもたちにとっての大きな課題の一つが「学習の遅れ」で、施設の子どもたちの多くがそうした状態にあるようです。その理由としては、生まれ育った家庭が落ち着いて勉強するような環境ではないために勉強の習慣が身についていないことに加え、児童相談所や一時保護所などに滞在している間はほとんど勉強ができていないことがまず挙げられます。施設に入ってからも、環境の変化に適応するのに時間がかかる、たくさんの子どもがいる環境で勉強に集中できない、塾や家庭教師などを頼むお金がない、職員は生活面のケアで手一杯で勉強を教える余裕がない、精神的な安定感を持つことが難しい、などの理由で対策は難しいようです。
学校はそのような子どもたちに対して何か特別な配慮をしているかというと、必要に応じて児童養護施設と学校相互の教員・職員が参加しての情報連絡会を開催しているところもあるものの、多くは「問題が起きれば対処する」という程度にとどまり、学習面での対策や心理面への配慮などは特にとられていないようです。
児童養護施設の子どもたちは、原則として高校を卒業した18歳で自立を余儀なくされていて、高校に進学できなかったり高校を中退したりすれば、施設から出て働かなくてはいけません。そうした立場にいる子どもたちにとっては、勉強や進学は特に深刻な問題です。
それだけでなく、勉強の出来不出来が子どもの評価の最たるものになってしまっている今の学校では、勉強について行くことが難しくなると、勉強が嫌いになるだけでなくそれ以外のことにも苦手意識や劣等感を持ちはじめ、自分自身のことや将来に対して自信をなくしたりすることが多くなってしまいがちです。
そうした子どもたちに対する支援活動としては、各施設が個別に学生などのボランティアを募集したり、地域のNPOがボランティアを募って施設に派遣したりという形で、以前から行われてきました。
近年では、施設の希望や対象の子どもの状況をヒアリングし、登録している学習支援ボランティアの中から適切な人を探して派遣するNPO(*1)や、教材・物品、学習法に関する研修、指導情報等を施設に提供している企業(*2)などがあります。また、NPOと企業がコラボーレーションして学習支援プロジェクトを立ち上げたケース(*3)などもあり、多彩な動きが生まれています。
こうした学習支援の取り組みがあるとはいえ、社会的に擁護される子どもの一番の問題は、コミュニケーションがうまく取れない、他人との関係を築くのが難しいという点にあります。ちょっとしたことでうまく行かないと「自分が悪いんだ」と自分を責めたり、他人と関係を結ぶことに臆病になってしまったり、屈折した形で自分を表現してしまったりする子どもたち。その背景には、幼少時に親の愛情を十分に受けられなかったことがあるのでしょう。
学習支援活動を行うNPOは、子どもたちの表面的な言動よりも、底にある気持ちや感情を理解する姿勢で子どもたちに接するように、というアドバイスを支援者たちにしています。支援者には学生ボランティアが多いために、そうした子どもをそのままに受け入れたり、いい関係を築いたりすることがうまくできないという悩みを抱えてしまうこともよくあるようです。それでも忙しくて一人ひとりの相手を十分にできない職員に代わって、「自分のことを見てくれる」と感じられる支援者の存在価値は、かけがえのない大きなものと言えるでしょう。
※ 脚注
- 3keys、ガクボラなど
- KUMON
- Living Dreams、キッズドア、河合塾の3者が「未来をつかむ!Kids Support Project」を立ち上げた
学習遅滞児(低学力児)
各種の原因によって低学力に陥っている子ども
いわゆる「低学力」が問題となっている子どもたちの中には、発達障害等を持つ子ども、不登校の子ども、外国籍の子ども、貧困等で家庭や学校外に十分な学習環境が得られない子ども、なども含まれますが、そちらは別の項で取り上げていますので、ここではそれ以外の子どもたちのことを扱うことにします。
上記の子どもたちを除けば、低学力に陥るのには以下の2つのケースが考えられるでしょうか。
- 境界知能による学習遅進
- 俗に落ちこぼれと言われる学業不振
1.の境界知能とは、精神遅滞(知的障害)の範囲と、正常知能と言われる範囲との境界領域(IQ 70~85ぐらい)の範囲の知能を指します。そうしたやや遅めの知能の発達ゆえに学習に遅れを来たす「学習遅進児」と言われる子どもは、ゆっくり学ぶタイプの子どもという意味でスローラーナーとも呼ばれています。
こうした子どもたちは、知的発達のレベルがやや低いだけで、特異な認知の偏りをあまりもっていないという点で、LD(学習障害)の子どもたちとは区別されます。「学習障害」が遺伝的な要因が主なのに対し、「学習遅進」はそれに環境的な要因が加わって生じたものなので、時間をかけて解消することが可能だとのことです。
学習遅進の子どもたちは、その子らの特性に応じた学習形態、認知のスタイルに合った学習方法、興味関心の持てる教材などを工夫することで、学力を伸ばすことが可能だと考えられており、そのための研究や指導の試みがなされています。
2.の学業不振とは、簡単に言えば学校の授業についていけないでいる状態です。教育現場では皆が一緒に進んでいくという授業形態や、カリキュラムを消化するので手いっぱいだという事情などから、つまずいたところや分からない個所を個別に時間をかけてやり直すようなことが、できにくいのが現状なようです。日本の義務教育では、一定の成績を修めなければ進級・卒業できないという「修得主義」ではなく、出席日数に不足がなければ成績にかかわらず進級・卒業を認める「履修主義」をとっています。それは「留年」が子どもに与える心理的影響を考えて、なるべく避けようという配慮からなのですが、それが逆にあだとなり、学習につまずいた子どもが見過ごされ、落ちこぼれる原因の一つになってしまっています。
高校生や大学生の低学力問題に向き合う教育者や、ニート・フリーター等の若者の自立を支援する人たちからも、義務教育段階でのさまざまなつまずきの早期発見と支援開始、低学力生徒に対する個別的な学習支援の必要性が訴えられています。
学習につまずく子どもの背景には、学校での友人関係や家庭環境に問題を抱え、落ち着いて勉強に取り組めないとか学習に興味を持てなくなってしまうなどの事情があることも多いので、そうした点への配慮も必要でしょう。
こうした低学力の子どもたちに対する支援としては、学校ごとか市町村単位でボランティアを募集し、TA(Teaching Assistant)として授業中に低学力児の個別指導をしてもらうことが多いようです。それに対してNPO等が主体となって、支援ボランティアを学校に派遣しているところ(*1)もあります。
また授業外での学習支援活動もあります。学校が、保護者や地域住民と一緒になってボランティアを募り、土曜日や夏休みに希望する生徒に勉強を教える活動をしているところ(*2)もあれば、NPOが主体となってそうした活動をしているところ(*3)もいくつかあります。
ただ、発達障害、不登校、外国籍、貧困、などの子どもたちの方がより大きな問題だと考えられているためか、それぞれに特化した支援活動の方が多いようです。学習遅進児はLD(学習障害)の子どもたちと一緒に支援の対象となることもよくありますが、学業不振児のみを対象に支援活動を行うところはあまりないようです。
※ 脚注
- LFA、夢育支援ネットワークなど
- 杉並区立和田中学校など
- 文化学習協同ネットワークなど