オルタナティブ教育の特徴
これまで人々のさまざまな願いと必要に応じて、世界中で多様な教育が生まれてきました。その中でも、子どもの発達にもとづいた理論を持つ教育はオルタナティブ教育と総称され、教育の一つの潮流を形作ってきました。シュタイナー教育、モンテッソーリ教育などが有名ですが、他にもたくさんあります。
それらの教育には共通した性質があります。それは、子どもはどのように発達していくか子どもはどのように学ぶかをよく知っていて、それにもとづいてどのような教育を行うのかを決めていることです。
大人が教え込まなくても幼児がしゃべるようになり、モノを扱えるようになり、親にあれこれと尋ねる姿は驚嘆すべきものです。オルタナティブ教育は、このような子どもに備わっている学ぶ力を中心として、教育方法を作っています。そこから、子どもたちがいろいろな活動をすることを基本に据える教育方法ができてきます。
オルタナティブ教育では、教師が教壇から黒板を使って話をする授業形態は、いろいろな教育活動の一つに過ぎませんし、全くない場合もあります。
これに対し一般的な教育は、社会が何を要請しているかという観点から教育の内容を決めています。その内容を子どもたちに達成させることが学校の仕事です。達成できない子どもは、落伍者と見なされがちです。もちろん、年齢に対して無理なことをさせようとはしませんが、子どもの発達から発想しているのではありません。したがって、小さいうちからできるほどよい、という発想に傾きます。
現在の教育は、政治と経済からの要求を色濃く反映しています。実業にたずさわる人たちが、教育に対して大きな発言権を持っています。そうなると、教育がいかにして“人材”を供給するかが、まず考えられます。たくさんの人間に競わせて有能な上澄みをすくいとろうとすることが、教育機関でも普通のことになっています。競争的な教育が広がり、多くの若者は自分が何をしたいかよくわからないまま、少しでもランキングを昇って、可能性を掴もうとします。
親たちは、子どもの教育に関しては、社会でよりよい地位、よりよい収入を得られることに関心がゆきがちなものです。学校は、行政機関が定めたカリキュラムを遂行することが最優先しますし、子どもが「社会で通用する」ことを要請されています。学校では、よき進学やよき就職が、最大の成果と見なされがちです。もちろん、努力して子どもそのものを理解しようとする人たちはたくさんいます。でもそれは、教師の個人的な資質と努力に委ねられています。
教育は実社会で役に立つ力を訓練することに傾きます。現実には入学試験にたいする準備をさせることが大事な教育目的になります。
そうしてできた教育は、結果を達成したかどうかで評価する傾向が強く、子どもに対して脅しや辱め、あるいは競争を利用するものになりがちです。子どもが発達上何を必要としているかは、あまり考慮されることはありません。
しかし、聡明さと創造性は、権威・権力や利害を離れたところに生まれるのではないでしょうか。子どもの全人性と自発性に基づいた教育が必要ではないか。そのような考え方から、多くの教育が生まれてきました。
オルタナティブ教育には、もう一つ共通した性質があります。それは、教育手段としてテストを使わないことです。テストをすることがあっても、それはごく補助的なものです。子どもを点数で評価することはできないし、試験で追い立てるのもよくないことだ、という考え方が共通認識としてあります。学習の意欲は、子どもの興味関心から生まれるものであって、テストなどの賞罰によって動機づけしてはいけないと考えるからです。
テストの結果はすぐに一人歩きしてしまうものです。教育に役立てるためのテストのはずなのに、テストの結果を出すために教育が行われるようになります。オルタナティブ教育が持っている、テストに対する注意深さは、教育全体に深い問いかけをしています。
子どもの発達に基づく教育
これまで人々のさまざまな願いと必要に応じて、世界中で多様な教育が生まれてきました。その中でも、子どもの発達に基づいた理論を持つ教育はオルタナティブ教育と総称され、教育の一つの潮流を形作ってきました。シュタイナー教育、モンテッソーリ教育などが有名ですが、他にもたくさんあります。
それらの教育には共通した性質があります。それは、子どもにとって世界はどのようなものであるか、子どもはどのように学ぶかをよく知っていて、それに基づいてどのような教育を行うのかを決めていることです。
大人が教え込まなくても幼児がしゃべるようになり、モノを扱えるようになり、親にあれこれと尋ねる姿は驚嘆すべきものです。オルタナティブ教育は、このような子どもに備わっている学ぶ力を中心として、教育方法を作っています。そこから、子どもたちがいろいろな活動をすることを基本に据える教育方法ができてきます。
オルタナティブ教育では、教師が教壇から黒板を使って話をする授業形態は、いろいろな教育活動の一つに過ぎませんし、全くない場合もあります。
これに対し一般的な教育は、社会が何を要請しているかという観点から教育の内容を決めています。その内容を子どもたちに達成させることが学校の仕事です。達成できない子どもは、落伍者と見なされがちです。もちろん、年齢に対して無理なことをさせようとはしませんが、子どもの発達から発想しているのではありません。したがって、小さいうちからできるほどよい、という発想に傾きます。
現在の教育は、政治と経済からの要求を色濃く反映しています。実業にたずさわる人たちが、教育に対して大きな発言権を持っています。そうなると、教育がいかにして“人材”を供給するかが、まず考えられます。たくさんの人間に競わせて有能な上澄みをすくいとろうとすることが、教育機関でも普通のことになっています。競争的な教育が広がり、多くの若者は自分が何をしたいかよくわからないまま、少しでもランキングを昇って、可能性を掴もうとします。
親たちは、子どもの教育に関しては、社会でよりよい地位、よりよい収入を得られることに関心がゆきがちなものです。学校は、行政機関が定めたカリキュラムを遂行することが最優先しますし、子どもが「社会で通用する」ことを要請されています。学校では、よき進学やよき就職が、最大の成果と見なされがちです。もちろん、努力して子どもそのものを理解しようとする人たちはたくさんいます。でもそれは、教師の個人的な資質と努力に委ねられています。
そのような事情で、教育は実社会で役に立つ力を訓練することに傾きます。現実には入学試験にたいする準備をさせることが大事な教育目的になります。
そうしてできた教育は、結果を達成したかどうかで評価する傾向が強く、子どもに対して脅しや辱め、あるいは競争を利用するものになりがちです。子どもが発達上何を必要としているかは、あまり考慮されることはありません。
しかし、聡明さと創造性は、権威・権力や利害を離れたところに生まれるのではないでしょうか。子どもの全人性と自発性に基づいた教育が必要ではないか。そのような考え方から、多くの教育が生まれてきました。
オルタナティブ教育には、もう一つ共通した性質があります。それは、学習を動機付ける手段としてテストを使わないことです。テストの結果はすぐに一人歩きしてしまうものです。教育に役立てるためのテストのはずなのに、テストの結果を出すために教育が行われるようになります。子どもを点数で評価することはできないし、試験で追い立てるのもよくないことだ、という考え方が共通認識としてあります。学習の意欲は、子どもの興味関心から生まれるものであって、テストなどの賞罰によって動機づけしてはいけないと考えるからです。
オルタナティブ教育が持っている、テストに対する注意深さは、教育全体に深い問いかけをしています。
オルタナティブ教育の歴史
オルタナティブ教育の歴史を見てみましょう。
世界各国で義務教育が普及したのは、19世紀の後半から20世紀の初頭でした。この時代に、日本だけでなく世界各国で義務教育が普及しています。義務教育がほぼ全員に対して行われるようになったのは、先進国でも、20世紀初頭くらいの時期です。
就学率が高まるとともに、学校の強制的で画一的な教育が広まりました。
しかし、画一的な詰め込み教育に対して反省の声もあがるようになります。19世紀の末頃から、「新教育運動」と呼ばれる、子どもの自主性と自発性を尊重する教育運動がヨーロッパで生まれ、世界中に広がります。
現在のオルタナティブ教育の多くは、その流れの中から20世紀初頭、とくに1920年代に集中的に出現しています。
その頃は大きな社会変化があった時代でした。それ以前の農村社会から、都会の工場や事務所で多くの人が働くようになった時代でした。親の生き方を真似させるだけでは子どもが生きていけない。それゆえ子どもが社会で生きていけるようにするために、計算や文字を教え、集団行動を訓練し、工場や事務所に適応することを教えることが、教育の中心課題となりました。
それに対し、オルタナティブ教育を創始した人たちは、画一的な注入と訓練を行う教育では、個人も幸福になれないし、社会も問題の多いものになると見て、新しい教育を創り出そうとしました。
現在まで続いているオルタナティブ教育の生まれた年は、次の通りです。
- 1907年、モンテッソーリ教育
- 1919年、シュタイナー教育(ヴァルドルフ教育)
- 1920年、フレネ教育
- 1920年、ダルトン・プラン教育
- 1923年、サマーヒル校
- 1926年、イエナプラン教育
- 1926年、クリシュナムルティ・スクール
オルタナティブ教育が生まれてきたのには、もう一つの大きな理由がありました。それは、第一次世界大戦(1914~1919)の惨劇でした。
20世紀初頭の人々は、文明が発達し教育が普及してほんとうに平和な世界がやってくることを信じていました。しかし、実際に起こったのは科学技術と産業力をあげての大量殺戮でした。どの国も、戦意昂揚と敵愾心をあおるプロパガンダを行いました。その熱狂の前に、知性と教養は無力でした。第一次大戦は社会の基盤そのものを揺るがし、旧き良きヨーロッパ社会は崩壊しました。
戦争が終わったとき、だれもが平和な世界を望みました。その中でも聡明な人たちは、単に平和や協調を説くことでは暴力的な社会は変わらないことを見抜きました。教育から始めないといけない、そのことを洞察した人たちが、新しい教育を興しました。
オルタナティブ教育には、ある一つの特徴があります。それは「平和を教える」のではなく「平和に教える」ことです。結論の押しつけ、競争による序列付け、賞罰による動機付けなどを、暴力的なものと見ているのです。平和の礎を、子どもを一人の人間とし て、その尊厳を尊重するところに置こうとしているのです。