多様な教育を推進するためのネットワーク / Network for the Promotion of Educational Diversity

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「教育に選択肢を持とう」古山明男 講演録

「教育に選択肢を持とう」

おるたネットフォーラム in 関西 古山明男講演録

2010年7月11日 箕面こどもの森学園集会室

古山明男氏

話し手:ふるやまあきお

1949年生。 80年代より教育活動に従事。 私塾、フリースクールを主宰。 さまざまな教育ニーズに応える。 制度研究家として国際比較、歴史研究を行う。 「多様な教育を推進するためのネットワーク」代表。 著書に『変えよう! 日本の学校システム』(平凡社)

日本の教育に欠けているもの

日本の教育にたいへん欠けているものがあると思います。

それはですね、子どもが、あるいは大人も含めて人間が、どのように育っていくか、という知識、そしてそれに対してどうしたらいいかという知恵のたくわえ、これがたいへん欠けております。

じゃあ日本の教育は何を中心に動いてきたか。 ひとつは社会があるいは国家が何を求めているかです。 戦前は富国強兵、強い軍隊を作りたい、エンジニアがたくさん必要。 戦後は大きな経済、豊かな国、そういうものを中心に動きました。

もうひとつは、子どもが大人になった時どうやって食っていくかです。 これはもちろん、子どもを育てる以上いつかは世の中にでていくので必要なことなんですけど、小さい頃から、大きくなったら何になるかなあ、いいところに入って食い扶持に困らなければいいがなあ、じゃあ幼稚園どこに入れるか、そういうことばかりを考えている。

しかしですね、この子が"今"何を必要としているかがわかることが大事です。

たとえば、小1プロブレムというのがあります。 小学校1年生になって学校でうまくいかない子どもたちがけっこういることです。 これは実際、先生たちも困るでしょうし、親御さんたちも困るでしょう。 でも、プロブレムという名前がつくのがプロブレムだと思う。 集団授業についていけない、ということでは確かにプロブレムです。 でも、教育というのは、どの子もあるがままを捉えて、それに対する最善を為すことだ、ということなら必ずしも授業にこだわることはないし、対応すればいいだけのことで、べつにプロブレムじゃありません。

私も小学校についていけないお子さんたちに付き合うことがありましたが、成長段階が違う、という印象です。 まだ言葉が十分に発達してないとか、十分なコミュニケーションを持てないとか。 あるいは視覚や聴覚が十分に統合されていない。 大人からなかなかわからないけれど、字を読むとき横でも縦でも行を追えるとか、紙に白いところと黒いところがありますね、その黒いところが独立して形に見えてそれがなんらかの字に見えたりとか、紙に字があると、横に読むらしいとすぐ判別できるかとか、そこらへんの感覚、つまり脳細胞の連絡作りが、お子さんによってまちまちです。 運動機能でもそうです。 そこらへんをよく見極めてあげて適切なことをするのが、本来の教育の仕事だと思う。

もちろんそういうことを専門家の方はよくやっているし、小学校の先生たちも努力されてるんですけれど、まずこれじゃ学校でやっていけないという前提がバーンとあって、学校にどうやって子どもをついていかせるかで発想して、お母さんもノイローゼになってしまう、先生もどうしようどうしようってなる。 援助を仰ごうにも専門家が少ない、知識も足りない。

基本的に学校というのは、跳ぶべきハードルが先にありまして、小学校一年生だったら一年生の学習指導要領、足し算引き算に図形、そういうのを教えることが教育なんです。 二年生のも三年生のもあります。 中学三年生まで終わったら、学習指導要領には書いてないけれど、俗な言い方をすればいい高校に入れること、そしていい大学、あるいは専門学校、いい就職というのがずっと続きます。

ハードルをいつも示されて、これ跳べるなら「えらい、パチパチパチ」、跳べないなら「頑張らないといけませんね」、がずっと続く。 達成すべきもの修得すべきものをまず示して、跳べましたか跳べませんでしたか、じゃもっと頑張りましょうね、これが日本の教育の姿です。

いろいろなオルタナティブ教育

しかし、世界中にはいろんな教育があります。

オルタナティブ教育と呼ばれるものに共通している性質があります。 子どもというのはこういうものなんだ、こういうふうに育っていく。 こういうふうに悲しむ、喜ぶ。 そういうところから、じゃあどういうふうに教育しようか、と決めていくんです。

 

有名なところでモンテッソーリ教育があります。 マリア・モンテッソーリという人はイタリアで女性医学博士第一号。 この人は貧民街に行って、子どもたちを育てようと保育所みたいなことをやりました。 子どもはどういう感覚で生きているかを追求した。 当時そもそも子どものサイズに合った洗面台もなかったんです。 届かない。 椅子もなかったので揃えてあげて、頭ごなしにせずに、子どもの感覚によおく付き合っていったら、いわゆる社会環境としては恵まれない環境だったのだけれど、子どもがよく育ったんです。 それをもとにモンテッソーリ教育というのを作り上げまして、子どもがどういう感覚で生きているかを重要視する、そしてそもそも子どもと言うのは育ちたくて、いろんなことをやっているのだと言います。

モンテッソーリの有名な言葉に、「子どもは仕事をしているのです」というのがあります。 われわれは、子どもが遊んでる遊んでるって言うんですね。 そうじゃない。 子どもは内なるなにかに促されて、いろんなことをできるようになりたい。

たとえば、こんなものあったらたちまち、こうやって(とマイク台の回転部分をいじる)、ああ、とれた。 回したらとれた。 うれしいじゃないですか。 これは探索行動でしょ。 教科書を覚えるのと、どっちがえらいですか。 教科書は、あれはあれで一つの世界だと思います。 でも、こういう行動が見劣りしますか。 はずして、戻して、構造がわかって、まったく自発的にやっています。

私がもし、5歳か6歳だったら、ここにビー玉を転がすとか、水しゃくったりね、水に入れて浮かぶか沈むかやってみるとか、ここに砂を入れてみたりとかね、そんなことをします。 これは多くの子どもがやると思います。 そういうことをやると子どもは本当に熱中します。 する。 それは子どもの仕事なんだとモンテッソーリは捉えました。 そこから独特の教育理論を作りまして、モンテッソーリ教育は、今世界中に広がっています。

 

シュタイナー教育。 これは子安美知子さんという人の紹介で日本でも広がりまして、今オルタナティブ教育としては日本で一番大きいです。 生徒数で約千人います。 幼稚園を入れたらもっと多いです。

ルドルフ・シュタイナーという哲学者が始めました。 この人は哲学者だが超能力者。 正真正銘の超能力者で、人を見るとオーラが見えちゃう。 これがこうなってこうなてるから人間はこうなるんだと、人間の成長を全部説明してくれます。

子どもの成長には周期がある。 モンテッソーリは6年周期、シュタイナーは7年周期と言っています。 7歳、14歳、21歳が節目だと。 私の経験からは7年周期というのがよく合っているなと思う。 中学生の反抗期がありますね。 あれは、14歳の変化ということで、シュタイナーがよく説明してくれています。 14歳は、自我が生まれてきてそれまでとは違う原理で生きるようになり、いよいよ大人の仲間入りをする時期ということなんです。

シュタイナー教育の体系をみて、すごいなと思ったことがあります。 幼児から大人にいたる教育で、その中に一言も社会がこうなってるからこうします、というのがないんです。 すべて、人間というのはこうなっていて、こういうふうに育つから、このように教育するのだと言っている。

たとえば、知的なものをあまり早く詰め込むとひよわな知性になってしまう、と言うんですね。

シュタイナーは、学校の運営の仕方から教育内容までぜんぶ作ったのですが、シュタイナー教育の特徴を一言で言うと、「芸術的に」ということになります。

シュタイナーの言っている面白いことがあります。 ふつうの小学校の算数の教え方について、子どもに魚を一匹食べさせようとして、骨と身をきれいに分けて、骨の方を食べさせていると言うんです。 身の方を食べさせたいというので、シュタイナー教育では、やり方だけ教えるのではなくて、きれいな絵を描いたり、しっとりしたお話の中に埋め込んだりして、算数を芸術的に教えます。

 

そしてフレネ教育があります。 セレスタン・フレネというフランスの人がはじめたのですが、第一次世界大戦中に毒ガスで肺をやられ、戦争というああいう悲惨なことが起こってはいけない、軍事教練をするような教育を否定していました。 根本は人間の自発性であって、詰め込み教育をやっちゃいけない。 彼は、考える教育、表現する教育というのを大事にしました。 フレネは田舎の学校の先生をやっていた。 そうしたら、子どもたちが書くということをとても喜ぶ。 子どもたちが自分たちの生活について書く自由作文を、教育の中心にするようになりました。 それは、教えたいことが先にあるんじゃなくて、子どもがやることに肉付けして、教育を作っていくわけです。 最初は小さな学校の片隅ではじまり、そのうち、独自の学校を作って、そこでやるようになりました。

 

デモクラティックスクールと呼ばれる、子どもが自由に過ごせて、子どもが運営に参加するタイプの学校があります。 ニイルというイギリスの教育者が、サマーヒル校という、授業を一切強制しませんという学校を始めました。 子どもたちは、ほんとうに一日中学校で遊んでいます。 しかし、ルールのない世界ということではなくて、生徒も大人も対等で話し合ってルールを作り、自分たちの学校を運営します。 今、アメリカのサドベリーバレースクールというのがこの系統で、ここは自分のところが文化的発信源になるのだといって、いいこともまずいことも包み隠さず、すべて公開しています。 子どもが自発的にやることが一番大事なんだという考え方です。

 

イエナプランという教育体系があります。 ドイツのイエナという市で生まれて、ナチスと社会主義政権に迫害され、オランダで芽を出しました。 それぞれの人が、自分らしく発達する権利を持っている、そう考えて学校を生きる場、生活する場より家庭的なものにし、子どもが一人の人間であることを大事にする教育をします。 学校を、対話、遊び、仕事(学習)、祝祭の4つで成り立たせて、それを循環させていきます。 普通だったら、それは学校の仕事じゃない、という部分を意識的に教育に組み込んでいます。

 

他にも、大正自由教育に影響を与えたダルトン・プランとか、イタリアの小さな町ではじまったレッジョ・エミリアとか、いろいろなものがあります。

 

学校でない学校の発生

じゃあ、なぜ日本でこういう教育ができてこないのか。

できないことはない。 フリースクールという形である程度存在しています。 実際、ここの「箕面こどもの森学園」は、フレネ教育をやっています。 フリースクールは細々とですが、いろんなのが日本全国にけっこう存在しています。

僕はある意味で、こういう学校が存在しているのは偶然というか奇跡というか、それに近いものだと思います。 法律的になんの根拠もないんです。 いろんな事情が重なって、黙認状態ができました。

問題になるのが就学義務です。 法律上は、法律で学校と決められた学校に子どもを行かせないといけないことになっています。 ところが、ここの学園のようなところは法律で決められた学校ではありません。

しかしですね、70年代くらいから不登校が広がりました。 学校に来いといわれても来れない子どもがたくさん出た。 やがて、学校に在籍させたまま民間のフリースクールにいかせるのが当たり前になった。 すると行政としても、フリースクールは役に立ってるわけだし、否定できない。 公立学校に在籍させたままフリースクールに行かせることを、校長先生も認めることが、全国に広がりました。

国の暗黙の方針がありまして、フリースクールは認めず、取り締まらずで、それなりに一貫しています。

ある意味では、フリースクール側に好都合でもあったんです。 認められていないので法律の規制が一切ない、なにやっても自由です。 しかし、もし就学義務違反であるとモロに取り締まられたら、厳しい。 憲法や国際条約を持ち出して抵抗するしかない。 また生徒集めがたいへんです。 よほど根性据わった保護者でないと、ふつうの私立学校を選ぶ感じではなかなか来れない。 フリースクールの存在が、行政の黙認に依拠しているからです。

じゃあ学校になったらどうだということで、なってしまった学校もあることはあります。 小泉改革でできた特区を使うと、校舎と敷地が借り物でもよくなったのです。 しかし、規制が緩んだとはいえ、資金面、施設面、教員免許で、簡単ではない。 実際に、現在もシュタイナー学校で200人を超える生徒がいて、施設が合わないとか資金がないとかで正式学校になれないところがあります。

一方、あえて正式学校になろうとしないところも多い。 これも当然なんです。 もし学校になると学校教育法という法律に規制されてしまう。 学校教育法に特例はたくさんついてはいるんだけど、いろいろ負担も制約もある。 そんなことやってられるか、というので、あえて学校教育法の中に入ろうとしないところもあり、これはこれで識見だと思います。

公立学校ではなぜできないのか

では、公立学校でやるのはどうなのか。 シュタイナーとかモンテッソーリとかありますよといろいろ話すと、それ自体悪いという人はほとんどいません。 公立学校やってる方たちでもね。 それもいいですね、それもありますか、となることが多いです。 じゃあ公立学校でなぜできないのか。 いちおう、研究開発校制度というのがあります。 文科省に申請すればカリキュラムの特例を作ってもらえる。 いちおうそういう制度はあります。 しかし実際にはできてこない。

大きな理由は、公立校は大きな組織の一部になっていて、意思を統一することができないことです。 学校の上には市町村教育委員会があり、直接の責任者であり指揮者です。 さらに、市長がかなりの発言力があります。 予算も握っています。 また、教員人事権は都道府県の教育委員会が持っていますので、ここの了解がないと、教員を集めることが難しいです。 知事の了解もほしいところです。 大阪で橋下さんが発言するといろいろ影響が学校に及びます。 でも、ほんとうは法律上は首長は教育を指揮しちゃいけないんですよ。 でも、実際は知事の影響は大きいです。 予算と教育委員人事を握っているからです。

このあたりのことは、あとで、私の『変えよう! 日本の学校システム』を読んでくださいね。 教育委員会って、なんだかさっぱりわからないでしょう。 これ、日本で一番よく説明してある本ですよ。

カリキュラムにとどまらず、いろんな法令の解釈がからみます。 それは、文科省にお伺いたてておかないと危ない。 このくらいいいだろうなんてやっていると、あとから「世界史やってないじゃないか」とか言われて、校長が自殺したりします。 そういうふうに、あちこち全部いろいろ根回しして話を通さないとできない。

そういうふうに権限が分散していまして、案がまとまりにくいんです。

あちこちの了解をとっているうちに、どんどん薄まっていって、妥協的なものになっていきます。 妥協の典型が現在のコミュニティ・スクール制度。 あれ、本来は、その学校だけでなんでも決められる非常に独立性の高い学校を作ろうとしたんです。 だけど法律になっていく途中でどんどん薄まりました。 プラス面もいっぱいある、一言で切っては申し訳ないけれど、でも妥協の産物だと思います。 一歩は進んだかな、と思っています。

公立学校でオルタナティブ教育ができない非常に大きな問題は、学校それ自体が人事権をもってないことです。 新しい教育をやろうといったら、それいいですね、私も協力しましょうという先生たちを集めなければいけないでしょう。 そんな教育だめですよ、という教員がいたら学校は運営できなくなっちゃいます。 同じ方針を持った教員で固まることができないと新しい教育は難しいのですが、これが公立学校ではできない。

もう一つ、公立学校でできない理由は、公立学校というのはその地域に住んでいるということで集まった人たちであることです。 コミュニティ・スクールという保護者・住民の発言権がある学校もあります。 でも、そこに住んでいる人にはいろんな人がいて、意見がまとまるはずないです。 たとえば、この半径1kmくらいの人たちに、どういう教育をしてほしいですかって尋ねれば、「フレネ教育タイプがいいです」っていう人たちが1割2割いたらいいところでしょう。 1割2割の人でその学校をフレネ教育にしてしまったら、これは多数派の方たちに申し訳ないです。 しかし、それでは1割2割の人たちはどうしたらいいんですか。 どこに行っても少数派であって、実現してもらえる場がありません。

ですから、こういうタイプの教育をやるときは、もっと広い範囲から「この指とまれ」で、どうぞご賛同の方は来てください、ということで学校を選べるようにしないといけない。 アメリカのチャータースクールにはそういうタイプもありますが、今の学区型の学校では、それはできません。

そのため、公立学校にこういう話をもっていくと、いいですね、がんばってくださいと言われます。 そこから先は、なかなか進まないんです。

明治の為政者の短慮

じゃあ日本でなぜオルタナティブ教育が発達しなかったのか、欠落していくかの歴史を、おおざっぱなところですが、見ていきたいと思います。

明治のはじめ、義務教育制度ができました。 できた最初はね、これが義務教育だという内容はあまり決まってないんですよ。 とにかくなにか教育を受けてくれればよろしいと。 だって、義務教育だと言ったんだけど、学校もつくってなきゃ先生もいないわけですよ。 寺子屋でもなんでもいい、とにかく受けてくれれば義務を果たしたということになった。

そういう状況は日本では明治のはじめだけですが、世界的に見るとこの状態が長く続くことがあります。 なんでもいいよ、どこでもいいよ、受けてくれりゃそれでいいよ、最低限国語と算数はやってね、そういうような形です。 これが続くといわゆる教育の幅が非常に広くなりまして、こういうのもあり、ああいうのもありになります。 そして民間学校に行くのも義務教育であるし、それに対してちゃんとお金も出る、ということになります。

たとえば医療の場合、公立病院だけではなく街のクリニックや私立病院にかかります。 でも、どこに行っても医療費は同じです、保険から支払われます。 医療で当たり前になっていることを、教育でも当たり前としている国がたくさんあります。 いろんな学校を作っていいですよ。 ま、ある最低限の基準というのはあるでしょうけども、そこで教育を受けてくれれば義務教育です、でも公立が最後のセーフティ・ネットを作って、行き所のない人が出ないようにする、そういうシステムなんです。

日本の場合は、富国強兵がうまくいき過ぎちゃったんですね。 教育熱は高かった、国に予算がなくても、みんなでお金を出し合って学校を作った、そこらへんは日本はすごいと思うんですけど、結局国が統制しすぎて狭い教育ができちゃったと思います。

明治の20年代から30年代くらいに教育がばばっと整理されてきましてね、日清戦争が終わった頃に整備されてきました。 それは、教員を育てることができるようになったという意味なんです。 師範学校が整備されてきて教員を提供します。 教科書も国定教科書もつくれるようになった。 そのときに、学校で教える内容を私立も公立も全部一律に決めちゃったんです。 これがね、現在に至るまで、続いているんです。

日本では、学校というのはかくかくしかじかと一本に決まっていて、公立も私立も区別もない。 ドイツを研究者している人と話ししましたらね、私立というのは公立と質が違うことに意義があるんでしょ、と言います。

明治のこのときに、教育の国家統制が決まりました。 同じ基準で同じ教科書なら、全部公立でもいいじゃないですか、おまけに公立はタダだけど、私立は有料です。 このとき、がたがたと私立が衰えました。

明治は目先の富国強兵にばっかり眼が行って、兵隊を育てるんだ、官僚を育てるんだというようなことばかりで、教育をそのための道具にしてしまった。 これは、明治の指導者たちの了見が狭かったと思います。 そうじゃない、人々の生き方はいろいろでしょ。 のんびり屋もいていいでしょう。 人がどうあるべきかというのは、古来ひとつに決まるものじゃありません。 そこで多様なものがあったら全体としてかえって生き生きするんだ、というくらいの識見を持てる政治家がいなかった。 いつの時代でも、どこの国でも、そのくらいの識見をもった人はいると思うんですが、この明治中期のときは、国家イデオロギーに流されました。

そういう狭い国家主義教育を確立しまして、それから、半世紀くらいでその国家体制は崩壊するんですね。

大正自由教育

ところが、いつの世でも、こんな訓練的、注入的な教育をやっていていいのか、という人たちはいます。 これは、自由主義的な発想の人にもいるし、いわゆる国を憂いるタイプの人にもいるんです。

大正自由教育というのが起こってきます。

大正自由教育を考えるのに、沢柳政太郎(さわやなぎまさたろう)という人物の存在が大きいので、この人のことを簡単に紹介します。 この人は、文部省の役人だった。 公立学校を無償にすることに多大な業績をあげ、文部次官にまでなっています。 そのあと東北帝大に総長として行って、初めて女性の入学を認めた。 そのあと京大の総長。 ここで教授の任免事件を起こして、官職を放り出して野に下るんです。 そうしたら、いよいよ自由になったからやりたいことがある、こんな画一教育、こんな詰め込み教育じゃだめだ、子どもの自主性、自発性を大事にした教育をやらなきゃいけない、と言い出します。 ちょうどそのとき東京に成城学校という私立学校があって、沢柳政太郎さんを迎えて新しい教育をやりましょう、ということになり小学校を作りました。 ちょうどダルトン・プランという教育が外国で有名でうまくいっていましたので、それを取り入れました。 子どもがこれをやるんだと自分で仕事をとっていて、自習して、分からないところをきくというタイプの教育です。 これを、成城小学校でやりました。 ここが震源地になって、大正自由教育が広がっていきます。

黒柳徹子のトットちゃんの学校、これもそのダルトンプランの系列なんです。

ところが、昭和になって、昭和10年代くらいになると大正自由教育は、ほとんどポシャりました。 私立学校で細々と続いてるけど、運動としては広がらなかった。 私は、その最大の原因は制度にしなかったことだと思います。 沢柳は超大物で、元文部次官、帝大総長です。 この人のご威光で新しい教育がなんとかなってました。 もともと戦前は、教育の法律が整備されていなくて、エライさんの意向ひとつでオーケーになったりだめになったりする時代です。 制度の裏付けがないので、弾圧されはじめると早いんですね。 沢柳政太郎が昭和2年に世を去ると、後ろ盾がなくなります。 特に公立学校は教員をどんどん人事異動で飛ばされれば、それで終わりです。

戦後教育改革での「私学の自由」欠落

そのあと、昭和20年に戦争が終わって、戦後の21年から22年にかけて大きな教育改革がありました。 現在の体制がだいたいできたときなんですね。 それまでに比べたらものすごくよくなっています。 それまで、いわゆる軍国主義教育やっていたわけですから。 お国のために死ねという教育です。 いちばん不満だったのは官僚に押さえつけられた先生たちだったわけです。

でも、このときの改革に、教育を選べるという発想がないんです。

そんな、国一本が教育のやり方を出したってだめだ、いろんな会社が出来ていろんな製品が出てくるみたいに、いろんな教育ができていって、そこからみんなでいいものを選んでいったらどうなんですか。 パイオニア的な学校ができていく余地を作らないと、なかなか全体が発展しないでしょう。 そういう制度をつくっていこうという発想がないのです。 国が指導していい教育をやらせるんだ、そういう発想です。

これはそのときの特殊事情があると思います。 昭和22年ですよ。 アメリカに占領されています。 もし学校づくりの自由を認めちゃうと、日本はそれまで軍国主義でやってるわけだから、なにやってもいいと言われたら、軍国主義の学校がいっぱいできますよね。 アメリカとしてはとてもそれは許せない。 また日本側として、社会主義者たちが学校を開くのをものすごく怖がっていました。 東西対立の始まった時代です。 もし社会主義者たちが学校を作ったらどうしよう、と考えたと思います。 実際、その後公立学校の社会主義者を抑圧しようとする、誰にも意図は公然とわかる動きがたくさん出て来ます。

それとやっぱり当時、教育刷新委員会というところで教育改革を担った知識人たちは、いいことは言うんだけれど、われわれがリードして教育を作っていかなかったら、ロクなものにならないんだ、という発想があります。 人々が学校を作る自由という発想は出てこない。

ですから、戦後、「民主主義でやる」と言いました。 教育でもです。 民主的で文化的な国家を作るんだと教育基本法に書いてあります。 改正された教育基本法にも、「平和で民主的な国家および社会」を作る人間を育てるのだと書いてあります。

憲法でしたら、ちゃんと選挙権をつくって、公務員を罷免できるようにし、国会議員は選挙で選ぶと決めました。 地方の行政もちゃんと市長を選挙で選ぶとか議会を作るとか自治を作りました。 教育だけは「民主的にやりましょう」という言葉だけで止まっちゃったんです。 民主、民主ばっかり言うんですよ。 でも、実際に、もしまずいことがあったら、ここにこういうふうに言ってくださいねとか、責任者がもし変な方向に行ったら、みなさんの投票で引き戻してくださいねとか、普通の行政だったら当たり前になっている仕組みがつくられなかったんです。

これ、ちょっと理由もありまして、教育が全部政治で決められたらまずいというのは、たしかにあります。 市長さんが変わるたびにですね、教育が右や左にいくのは困るでしょ。 建設途中の学校が市長が替わると止まってしまうとかね。 校長さんが、市長の息のかかった人になっていって、校長たちが市長に取り入ろうとするようになるのも困ります。 教育っていうのは普通の行政からは独立性を高くするのが先進国では共通しています。 でも保護者と一般の人の意見を反映するルートは教育の中に必ず作るんです。 それを日本では作ってないわけです。 教育委員公選制というのがそれだったのですが、機能し始める前に、昭和31年に廃止しました。 当時は、地方自治すら根付いていなくて、自治体と別にさらに自治組織を作る理由が理解できなかったんですね。

けっきょく、戦後教育改革に「私学の自由」という発想がありませんでした。 国がいい教育を用意して、みなさんのためにいい教育をします。 どうぞみなさんご協力を。 意見は言っていいけど、投票権とか代表を送る権利もありません。 国がいい教育をするんだから、みなさんが学校を作る必要はないでしょう。 そういうシステムなんです。

資料リンク

資料図書紹介

  • 「昭和戦後史 教育のあゆみ」読売新聞社戦後史班 読売新聞社1982
  • 「教育改革と教育行政」鈴木英一編 勁草書房1995

教育制度の三点セット

国際的視点から見ます。 先進国では三つのことが、三点セットで必ず揃っています。

まず、ひとりひとりの「教育への権利」。 どんな人も、その人にあった教育を受ける権利があるんだということです。 権利として定義されているということは、もしも満たされなかったら言ってくださいよ、対応しますっていうことなんです。

権利になってると、行政が「いやあ、面倒臭くってできません‥‥」、いや面倒臭いとは言わないな、「今の予算と人員ではできません」そういうことは言えないんですね。 行政の人たちは権利化されるといろんな注文にさらされると嫌がるんだけども、でも、一人ひとりの権利が確立すれば、行政はそれなり楽なんですよ。 「これは法律で決まっていますから」って予算や人員を請求できるんです。 法律が整備されていないことを要求されるから辛いのであって、法律で決まっていれば、それはそれで、楽なはずなんだけどね。

そしてね、教育機関をつくる自由。

そして、教育を選ぶ自由。

  • 教育を受ける権利
  • 教育をつくる自由
  • 教育を選ぶ自由

この三つを保障して、どんどん必要な教育が湧き起こるようにします。 あるいは公立学校の教育がね、みなさんの希望とは違う方にいっちゃった、極端なことを言えば戦前の日本みたいにとんでもない軍国教育に走っちゃった、そういうときにちゃんと違った学校ができてくる仕組みを作るわけです。

「教育」から「学び」へ

そして現在、世界の大きな潮流はですね、「教育」から「学び」へ、という潮流なんです。

「教育」は、主体は誰かっていうと、教育するのは、教える側ですよね。 何を教えたらいいか、どう教えたらいいか、教える側が決めます。

「学び」ってのは、主体は、生徒側ですよね。 何を学ぶか、どう学ぶか、学ぶ側の立場で考えます。

教える側が主人公ではないだろう、学ぶ側が主人公なんだ、というのが世界の流れです。

いわゆる民主主義思想が、為政者ではなくて国民のほうが主体なんだとしました。 それが政治の方では広まるのが早かったのですが、それと同様の考えが教育にまで及ぶのは世界的にもだいぶ遅れました。 やはり、「教育ってのは教えるものである」というのは強いわけなんです。 教育は統治行為の一部である、という考え方だってあるんです。

20世紀の後半になってから、本当の主体は学ぶ側じゃないかと本気で言いだされるようになって、いろんな条約などが出来てきました。 それに対して日本はちょっと、いわゆるガラパゴス状態というか独自の進化をとげてしまって、あまり学びの主体の問題は及んでない。 でも、これから「学び」が中心の、それを教育って呼んだらおかしいかもしれないけれど、やはり子どもでも大人でも誰でもが、「学び」を援助してもらえる社会を作るという、そちらへの動きというのはどんどん加速すると思います。

というのは、生まれたときから、誰だって「学び」はあるんですよ。 生まれて最初の5年間か6年間かで修得する、あのすごさ。 私、よく思いますよ、あれに比べて学校というのは、なんと効率の悪いことをやっているんだろうって。 もっともっと子どもの育ちをほんとうに研究したらね、ほんとに子どもも嬉しい、教える側も嬉しい、すうっと行ける体系が作れるはずだと思うんですけどねえ。

「新しい公共」政策と多様な教育

民主党への政権交代がありまして、それがどういう影響を及ぼすか見ていまして、その中で、教育に影響を与えそうなもので、「新しい公共」という政策があります。 調べたところ、なかなかすごいことを言っています。 公共性というのはいままで官が関係している、あるいは法律が関係している、そういうものが公(おおやけ)だって考えられているんですけど、そうじゃないでしょ、公共というのはみんなの利益になることであって、それは誰がやっても公共でしょ、という考え方です。 世界的にもそういう流れはありまして、民主党政権がそれ言いだしまして、教育でもこれをやると言っているんですね。 鳩山さんが教育を含めて言っています。

教育を含めてはいるんだけれども、じゃあ、具体的なところで「学校を作り運営する自由を認めますよ」みたいなことは、ぜんぜん触れてません。 忘れてるんじゃないかなあ、と思います。

大きな流れとしては教育をもっと民間に任せてほしい。 本当にやる気もノウハウもある人たちいっぱいいるわけだし、行政ともお互い話し合いながらやれるわけだし。

こんどの「新しい公共」政策が、掛け声だけと違うところがありまして、税制によるサポートの体制を作っているんです。 これは非常に面白くて、今まで民間のいろんな教育とか福祉とかの団体を、公金で援助しようとすると、憲法89条という問題がありました。 これはね、戦前の国家と宗教が一体化して神社に国がお金を出したりした、あれをやっちゃいけませんよ、という趣旨なんです。 そのため、公の支配に属していない分野に国や自治体がお金を出しちゃいけない、慈善、教育、博愛事業なんかにです。 そうすると正式には学校じゃないところに公金を出すのは非常にたいへんで、特区のときなんかに、お金出せないということで問題になったんです。

「新しい公共」政策では、これを税制控除というのを使って、実質的に補助できます。 公益性の高い団体に寄付をすると、その半額の所得税を減らしてくれます。 そうしますと、本来は国にいくべき所得税が、直接その団体に行くことになります。 上限はありますけれども。

おおざっぱな計算をしまして、年収500万円くらいの人が公益性が高いと認められた団体に28万円ほど寄付すると、14万円分くらい所得税を納めなくてよくなる。 それは、本来は国に行くべきお税金が直接その団体に行くのと同じことになります。 さらに地方自治体が同じような制度もやっているところがあるので、これで5万円利用できたとします。 さらに、現在こども手当が一人あたり月に1万3千円もらえるので、これが年間15万7千円です。 それを合計しますと、一人あたり年間36万円の補助をもらうのと同じ、という試算が出ました。 そうしますと、正式の私立学校への助成金より多いくらいです。 今の私学助成は経常経費の3割出たとして、一人あたり30万円いかないくらいだと思います。

NPOのような団体でも実質助成されるという制度を政権が用意しているんですね。 これはでかいな、と思いました。 いま、動きどころかな、チャンスが来てるかなという印象を持っています。

ニーズに対応し、設置容易で、誰でも行ける教育機関を

じゃあどういうふうにやっていったらいいかということなのですが。 いまの無認可状態では、社会的認知がなく、生徒集めがたいへんです。

従来の学校教育法で学校と認められればちゃんと卒業証書も出せますし、おおっぴらに生徒募集もできます。 しかし、学校教育法は、多くを要求する法律です。 こういう施設が必要だ、これを教えなければいけない、こういう運営をしなければいけない。 クリヤーするのもたいへんです。 いっそ学校教育法の外側に新しい学校をつくったらどうだろう。 あるいは学校教育法の中に別な学校種を作ったらどうかと思います。

そういう新しいタイプの学校の枠を作るには、四つ大きな柱を立てたらいいと思います。

第一点として、設置が容易であること。 今、民間フリースクールがいろいろあります。 そういうところがある程度、まあ10人くらいも生徒を集めることができて、ある程度存続できるようなところは、もう学校であると認めてしまうと、そのくらいの設置容易さです。 じっさい、デンマークという国など、そのくらいでやれてます。

第二点として、教育内容、学校運営の方法、これを任せてもらいたい。 ふつうのNPOや株式会社とかだったら、内部をどういうふうに運営するかは自由でしょ。 自由だからって、犯罪をやったりしないでしょ。 それと同じで、任せていただきたい。 私は、最低限、人権侵害やらないことね、それから変な金の使い込みをやらない、それとカルト、線の引き方が難しいのだけれどいわゆるカルトらしいカルトはやらないこと、それくらいのことを守れば何やってもいいという制度をつくるべきだと思っています。

第三点、ちゃんとした法律上の学校であって、卒業証書を発行できること。 義務教育を果たしていると認められること。

ただし、こんなに設置容易で内容自由だと、成績の優秀な子を集めて進学実績を競うようなところがたくさん学校になってくるかもしれません。 それはまずいと思う。 それは、教育の多様化じゃなくて、入試という価値観に一元化してしまいます。 下手をすると、日本全体を学力競争に放り込んでしまうかもしれない。

学校を作るのを容易にしたいけれど、進学競争を激化させたくない。 どうしたらいいか困るんですけれど、うまい方法があります。 生徒を入学させるときに、学力選抜をやってはいけない、という条件を学校を設置するときに付ければいいんです。 そうすると、いわゆる上澄み層だけしゃくって、それでいい成績出すようなタイプの学校が成立しなくなります。

日本の私立学校制度とヨーロッパの私立学校制度、大きく違うところがあります。 ヨーロッパの私立学校の多くが、学力入試やらないんです。 ほんとに公立とは異質な教育をやってます。 進学のための私学ではないんです。 だからヨーロッパでは、いろんな、フレネ教育だとかシュタイナー教育だとか、いっぱいできてきます。 そういうところは、子どもがお勉強をよくするからとか、優等生だからとかではなくて、どんなお子さんでも入れます。 日本にね、そのタイプの私立学校が必要なんですよ。 入学試験をやる私立学校しか存在しないって、おかしいです。

そしてね、第4点、大幅な助成をしてほしい。

これはね、単に経営を安定させるという意味ではないんです。 もっと大事なことがあります。 誰でも来れる学校にするということなんです。 保護者が自前で授業料を払う学校だと、お金持ちの子しか来れなくなります。 それじゃまずいんですね。 誰でも来れる学校でないといけない。 これは、学校に助成するという考えではなくて、すべての子どもが自分に合った教育を受ける権利を持っているんだ、という考えから助成します。 助成金もらって、利益を出すのはまずいです。 ですから、営利で運営をするのは認めません。 営利じゃないとぜんぶボランティアかというイメージがあるけど、そうじゃなくて普通の人件費を払うのはいいんです。 それは正当な費用です。 営利というのは、剰余金を分配することなんです。

今、普通のお父さんたちお母さんたちが、ちょっと今の公立がなんだから、他のとこ行かせたいな、っていうと、子どもに受験勉強させなきゃならないでしょ。 学力主義の人ならいいけれど、受験勉強主義じゃない人たちまで、公立行くか受験勉強させるかの選択になってしまって、困っちゃうことになるわけです。 だから、新しいタイプの私立学校を作って、そこは学力試験をしないで入れることにします。

そういう学校って公益性がほんとに高いじゃないですか。 すべての人のための学校じゃないですか。 公立と同じに入れてくれます。 公立では提供できない教育を提供します。 誰も差別しません。 皆様の選択肢を増やします。 そういう学校は非常に公益性が高いですよね。 だから、高い率で助成していただきます。 貧乏人でも来れるようにしていただきます。 日本に、そういう新しいタイプの私立学校の制度が必要だと思ってます。

オルタナティブ教育の学校が必要とされていることだけでなく、不登校・障害児・外国人など、公立学校が合った教育を提供してくれなくて問題が起こっています。 そういう場合でも、ニーズに合わせて民間から教育がどんどん湧き起こってくるようにしてほしい。

不登校は、どんどん増えたので公立学校もいろいろ対応しました。 それで数が横ばいにはなりましたが、減りません。 だいたい横ばいの、約13万人のままです。 ここらが、現在の公立学校でできることの限界ではないでしょうか。 別な教育の道を開いて、教育機関ができてくるのがいいです。 障がい児の場合は、普通学級と一緒がいいか別がいいか難しいところがありますが、とにかくケースバイケースで柔軟にやるしかないと思います。 外国人の場合、母国語の教育を提供してもらうニーズがあります。 教育機関が柔軟に生まれてくるシステムがほしいです。

さらにホームスクールもあります。 アメリカでは150万人くらいいると言われています。 ホームスクールというのは、教育に関するもっとも根本的な問題提起です。 学校が満足な教育を提供してくれなければ、親が自分で教育を手配していいということなんです。

ホームスクールが認められている国は多いのですが、デンマークの例が非常におもしろいです。 この国は、法律でホームスクールを認めていますが、実際にやっている人は非常に少ないです。 それは、学校が良いからなんです。 学校は親たちで作るものなのだという文化風土があって、満足できる学校がたくさんできてくるためです。 ホームスクールがあるために、いい学校が出来てくるのです。

2006年12月に改正された新しい教育基本法の第10条が親の教育権を認めていると解釈できるんですね。 そこから、ホームスクールとか学校への親の運営参加とかで、また何か開けていったりするのではないかと思っています。 基本的に教育は親がやってもいいのであり、親がやれない部分を学校に委任しているのだと考えると、教育が変わってきます。

国際法は親が教育を選べるとしています。 日本でも、教育に選択肢ができてくるといいですね。

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